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秋の歩行



 雨が上がると坂の多い街はまうえから光と水蒸気が降りて
きて、真っ赤に紅葉した背の高い木々は身をふるわせるよう
だ。花崗岩の青ざめたきりぎしいっぱいを覆う無数の蔦の葉
の、てのひらみたいに五裂した重なりの間から、白い細かい
粉を吹く漿果からなる星座の形の小さなふさが見える。さら
に坂を下りて、また上ってゆくと、曲がり角の灌木の暗がり
に出来たぼんのくぼとも言うべき空間のまんなかに、対称的
で複雑な同心円を描く、完璧な雨粒をたわわに纏わせた純銀
のティアラ、女郎蜘蛛のきらきらとした巣がおののいている。
誇り高いメアリ・スチュアートのような女王を中心に置いて。
雲は走り、夏の日のような光を翳らせるなか、街路のアメリ
カハナミズキは、花でなく、今は赤く熟れて銃弾みたいな格
好で枝先に装填されている、人間には食べられない結果でわ
れわれを楽しませるのだ。それを鳥が叫びながらついばんで、
血痰に似た食べかすを、助けを求める何かの記号のように通
りの先まで落としている。ずっとたどってゆけば丘の上の大
寺へとつづくはずの植え込みは、何という名か、棘のないヒ
イラギ形の葉のあいだからまったく香りのしない厚紙ででも
出来ているかのラッパ型の夥しい小花を覗かせているけれど、
スーパーの角をもう一度曲がると、次第に木造の一軒家の庭
が目立つようになる。街路計画に沿った景観は、やがてほど
ろにのびた青紫蘇の心臓形の破れた葉や、笹竹呉竹の八方へ
はびこり放題の乾いた虚無、暗黒を思わせる羊歯の密集に取っ
て代わられ、ふたたび勾配を降りはじめると、神の手で厳密
な文様に罅割られた大樹の彎曲した幹が近づいてくるので触
る。落ちていた黄に熟れた固い果実をつぶし、鼻先に持って
きてその松脂みたいな揮発香を嗅ぐ。流れる黄金の光と水蒸
気の粒子のなかをさらに降りてゆくと、頭上でけたたましい
鳥の叫び、一樹に百羽を越える鳥が一斉に騒いで、森のすべ
ての樹の鋭く色づいた紅葉、黄葉、小枝がばらばらと降りそ
そぐ。熟れきった実もついばまれ、汁も殻も核も厳粛なつぶ
てのように砕け飛んできて私を打ち、花のふぶきみたいに行
く手をふさぎ、ラス・フローレス、私はもうこれ以上行けな
いけれど、この驟雨のようなもののむこうに、きわめて華や
いだ冬の祭りがあるようなのだ。


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