会社設立当時、ビジネスとしての都市型CATVはどこにもなく、それ故、関係諸官庁、東京電力等との折衝において、先方も始めての事であり、お互いに研究しあい、申請の様式までも新しく作るところから始めました。
その為、許可から開局まで3年という月日がかかりました。
また、ハード面でもアメリカという先駆者はおりましたものの、日本の国内仕様を新たに開発する必要が多分にありました。
売り物のソフト(番組)といえば、これもほぼ皆無の状態でした。
各社にお願いして、どうにか開局に間に合わせていただきましたが、当時は通信衛星などの伝達手段も実用化されておらず、
テープ(VTR)を宅配便で運ぶというものでした。昭和62年4月の当社開局以来、続々と都市型CATV局が開局し、衛星時代の幕開けとともにリアルタイムで多様な番組がCATVを通じてご家庭に届く時代となりました。
この20年でCATVは都市の有用なインフラとして、確実に認識された事と思います。私共多摩ケーブルネットワークは更に皆様方のお役に立ち、地域の発展に貢献できれば、と考えます。
| 昭和58年 |
6月14日 |
設立発起人10名と株式会社交運社で、多摩ケーブルネットワーク株式会社の会社設立を行いました。(資本金1,250万円) |
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6月23日 |
関東電波管理局(現在の関東総合通信局)に事業申請(施設の設置申請)を提出しました。 |
| 昭和59年 |
3月16日 |
株主の皆様方のご協力により増資を行い、資本金がそれまでの1,250万円から5,000万円になりました。 |
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10月17日 |
施設の設置許可を得ました。(第13053号) |
| 昭和60年 |
11月5日 |
社団法人日本有線テレビジョン放送連盟(現在の日本ケーブルテレビ連盟)に加盟しました。 |
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12月1日 |
株主の皆様方のご協力により増資を行い、資本金がそれまでの5,000万円から1億8,000万円になりました。 |
| 昭和61年 |
9月30日 |
株式会社東芝とケーブルの工事契約を締結し、工事準備を開始しました。 |
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11月18日 |
小和田邸の設計者である有泉峡夫氏の設計、岩浪建設株式会社の施工により放送センターが完成しました |
| 昭和62年 |
4月1日 |
都市型CATVとして初めて放送を開始(開局)しました。開局当初は19チャンネルでスタートしました。 |
| 平成5年 |
9月20日 |
羽村市庁舎による電波障害改善対策を受託しました。 |
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10月1日 |
羽村市の広報番組『テレビはむら』がスタートしました。 |
| 平成6年 |
3月16日 |
株主の皆様方のご協力により増資を行い、資本金がそれまでの4億1,000万から6億3,000万になりました。 |
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10月1日 |
チャンネル増強により、巨人戦全試合放送のNNN24を始め30チャンネル体制になりました。 |
| 平成7年 |
11月24日 |
東京電力の送電線による電波障害対策改善対策(青梅市東青梅・根ヶ布地区)を受託しました。 |
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11月29日 |
国の補助金事業る再開発事業の電波障害改善対策として、東青梅南口市街地再開発事業の電波障害改善対策を受託しました。 |
| 平成8年 |
1月10日 |
株主の皆様方のご協力により増資を行い、資本金がそれまでの6億3,000万から6億8,000万になりました。 |
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6月13日 |
第22回日本CATV大賞(自主制作番組コンクール)において、5年連続で優秀賞を受賞しました。 |
| 平成9年 |
4月8日 |
青梅市今井地区において東京電力の送電線による電波障害改善対策を受託し、青梅市のサービスエリアの全てに施設の設置が完了しました。 |
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12月10日 |
警視庁により福生警察署の電波障害対策を受託しました。 |
| 平成10年 |
3月20日 |
日本道路公団の首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の広報ビデオの制作を受託しました。以後数年に渡り圏央道の広報ビデオの制作をしました。 |
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4月1日 |
チャンネル増強により33チャンネル体制になりました。 |
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4月25日 |
株主の皆様方のご協力により増資を行い、現在の資本金9億2,00万になりました。 |
| 平成11年 |
1月11日 |
日本道路公団の首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の電波障害改善対策を受託しました。 |
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4月1日 |
チャンネル増強により35チャンネル体制になりました。 |
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4月30日 |
皆様方のご協力により念願の単年度黒字を達成しました。 |
| 平成12年 |
2月1日 |
国道16号を横断し福生市の福生地区へのサービスを開始し、福生市の全域がサービスエリアになりました。 |
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2月27日 |
ケーブルインターネットサービスを開始するため郵政省(現総務省)から事業許可を取得し準備を開始しました |
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6月15日 |
第26回日本CATV大賞(自主制作番組コンクール)において、念願の『郵政大臣賞』を獲得しました。 |
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9月1日 |
待望のケーブルインターネットサービスを開始しました。通信速度は上り下りとも128Kbpsで上位プロバイダとの接続回線も1.5Mbpsの細い線でした。 |
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11月21日 |
メディアセンターの増築が完了し、サービス体制を更に強化しました。 |
| 平成13年 |
6月1日 |
ケーブルインターネットの下り最大速度を128Kbsから512Kbpsに速度向上しました。 |
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10月1日 |
ケーブルインターネットの下り最大速度を512Kbpsから2Mbpsにさらなる速度向上を行いました。 |
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12月7日 |
光ファイバーを主幹線に導入し、伝送路の危険分散化をはかり広範囲停波を回避する対策が実施できました。また光機器には周波多重方式」という関東圏では初めての新しい機器を導入し上り回線の品質が向上、青梅マラソン等の生中継の画質を一段と向上させることができました。 |
| 平成14年 |
4月1日 |
ケーブルインターネットの下り最大速度を2Mbpsから8Mbpsに飛躍的な速度向上を行いました。 |
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10月1日 |
羽村市役所殿のご協力により多摩川を横断。羽村市清流町地区でのサービスを開始しました。清流町地区の開局により羽村市全域がサービスエリアとなりました。 |
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12月2日 |
ケーブルインターネットの下り最大速度を10Mbpsに速度向上を行いました。 |
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12月13日 |
7月に開始した幹線増幅器のグレードアップ工事(第1期)が完成しBSデジタル放送を含む7チャンネルの番組の増強を実施し、42チャンネル体制になりました。幹線増幅器のみの交換でチャンネル増設を行う方法は弊社が初めての試みでしたが、予想以上の成果が得られました。 |
| 平成15年 |
3月31日 |
ケーブルインターネットの速度向上等に供ない福生・羽村地区の通信量増大に対応すべく、第2期の光ファイバーケーブルの工事が完成しました。 |
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6月9日 |
地上波デジタル放送に対応すべく第二次グレードアップ工事としてはすべての増幅器を広帯域用に交換する工事に着手しました。 |
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6月14日 |
会社設立20年を迎えました。 |
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12月8日 |
増幅器の第二次広帯域化工事が完了し、地上デジタル放送を送出する体制が整いました。 |