市井に生きた男の戦後生活記録
デジ還親父である私の自伝エッセィです。デジ還とは、アナログの還暦が60歳なら、2の倍数の64歳は、デジタル還暦にあたるとしました。
1941年(昭和16年)、大平洋戦争が始まった年に生まれた私は、平成17年、デジ還になりました。疎開先の母親の郷里山形で終戦、戻るところもなく彼の地をふるさととし、工高を卒業して上京し、以来、東京で生活してきました。
いままで、たくさんの人たちに支えられて生きてきました。出会ったそのときどきの人に、もう一度会いたい。相対することで、自分が生きてきた意味を見つめ直し、同時に謝辞を伝えたいと「遺言」というかたちでまとめてみました。戦後六十年の時代の中を、市井に生きた男の生きざまです。
コピーライターとして起した個人事務所を解散し、多摩ニュータウンで子育てをした公団分譲アパートを失い、家族との別居生活に入りました。息子と娘は、そんな父親に憎悪を抱くようになりました。
彼らは、私の人生の一部分しか知りません。父親が、夫がどのように生きてきたのかを、彼らが見ただけの範囲で知っているだけでしょう。そんな彼らに、再び、愛してもらえないまでも、どのように生きてきたのかを知ってもらいたいのです。かたちとして遺せるもののない私は、子どもたちの身体に遺したDNAを感じてもらうためにも、生きざまを、言葉というメディアに託して遺したいと。
私を支えてくれた人たちにとっても、ひととき、立ち止まってた私を思い出してほしい。そして、私を知らない人にとって、これをきっかけに、自分の会いたい人を百人、思い出してほしい。その人にとっての「百人巡礼」を遺してほしい。どんなメディアを通してでも思いを遺してもらいたい。こんな輪が拡がればいいなと思い、そのためのお手伝いをしたいと願っています。
デジタル還暦のコピーライター 柏倉 利明
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