デジ還親父の百人巡礼

会いたい人へ遺言

 

はじめに

いま、自分は何者なんだろう、と

 二〇〇五年七月十六日、六十四歳になりました。還暦を過ぎ、新しい暦に入って四年が過ぎ、変わり映えのしない毎日ですが、Xデーは確実に近くなっています。自分の存在理由を見つめ直す意味から、いままで親しくさせてもらった人たちとの関わりを考え、遺言というかたちでまとめてみようと思いたちました。それが私の生きざまを確かめることではないかと考えたのです。

 最初に遺言を書こうと思ったのは、三年前の二〇〇二年七月十六日、六十一歳になったときです。その何日か前に、警察署で、眼鏡で矯正してもギリギリの視力でしたが、自動車運転免許証を更新しました。五年間、公的な身分証明書として、私が私であることを証明してくれます。それでは中身はどうなんだろう。私はいったい何者なのか。他者にとって何者なのか。

 百人に対して遺言を書こうと考えました。根拠があっての百人ではありません。いままでに袖触れあう程度の関わりを含めたら、百人を越すのは当然ですが、いろいろな面で私が影響を受けた人を、百人に絞ってみようと。その人たちを通して、私が歩んできた途を、巡礼でもするように辿りながら、百人に会って、報謝したいと切に願っています。

 自分史になるでしょう。時系列的に書き込むのではなく、といって印象の強い人とのかかわりからの順序で書きすすめることにもならないはずです。幸いかどうかは別にして、来世までにも持っていきたくないほどの秘密はないと思ってはいますが、それなりにオブラートに包み込むこともあるでしょう。究極、遺言はプライバシーそのものであり、それこそが遺言のはずです。

 書き出そうと思ったころ、テレビドラマ「北の国から」の最終作が「遺言」であることを知りました。ちょっと気をそがれました。二〇〇二年八月に刊行されたシナリオを手にして、黒板五郎の「遺言」に接しました。ふるさとを慈しみ、自然と共生してきた、家族の幸福を願う男の心情が吐露されていました。私の遺言は、まだ、書けませんでした。

「思い」をマーケティングしてきた

 辞書によれば、遺言とは「死後のために物事を言い遺すこと。また、その言葉」とあります。一般的には、法の定めにはよらないような財産分与方法の言い遺しです。でも、私には黒板五郎のように「おれにはお前らに遺してやるものが何もない」のです。しかし「遺すべきものはもう遺した気がする。金や品物は何も遺せんが、遺すべきものは伝えた気がする」ともいえません。

 息子や娘に、まだ、遺すべきものは伝えていないのです。妻や兄弟、親族、そして、いままで私を私を支えてくれた多くの人たちにも、遺すべきものを伝えていません。私に何が遺せるのだろうと考えるうちに「思い」しかないことに気づきました。それを言葉にして遺すこと。言葉というメディアで、「思い」という私の財産を、その人とのかかわりの思いを伝えたいと。

 私はいままで言葉という道具で「思い」を売ってきました。その「思い」は文芸作品のように、感動に繋がるものではありません。感動ではなく、行動に繋がるような「思い」です。そのために「思い」の付加価値を高めるための努力はしてきたつもりです。いわば「思い」のマーケティングです。すてきな買い手に恵まれたこともありますし、時代もよかったのでしょう。

 書くことであり、グラフィックにしたり、オーディオ・ビジュアルで、立体で、ITで、などなど、そのときの「思い」の内容によって、メディアを変えてきました。基本は言葉です。言葉を容器に、あるときは原稿を目方で売るとさえ言われたほどに、たくさんの商品を、鮮度が落ちないうちにと売ってきました。惹句で、長文でと、伝達効率のよい方法を選んできました。

 この「遺言」で、ひとりひとりの人たちに「思い」を言葉で遺します。いまは消息の分からない人もいます。会いたくても、もう会えない人もいます。でも、その人たちは私の思いの中で、いきいき元気です。その人とのかかわり方を思い出して、言葉で遺します。私が生きてきた航跡として、これを目にする他の人にも関心をもって、私を心のどこかにとどめて欲しいと願います。

書く道具のパソコンと遊びながら

 いま、あれらのときほどに、お金をもらえる仕事はありません。このまちに来てからしばらくの忙しさは、少しでも速く、お金をもらえる仕事ができるような環境を整えることでした。持ってきた2台の旧型MACのうち1台しか動きません。しかもCRTの色がくずれ、設置スペースもとれないことから、とにかく一日でも早くと、パワーブックを買って弄ばれていました。

 パソコンはやっかいな道具です。フリーズするなどのトラブルは日常茶飯事です。そのために、きちんと仕事をするには、バックアップのための予備のマシンが必要になります。プリンタとともに、なんとか使えそうな一台を動かすためにLCD(液晶ディスプレィ)に替えました。予備のカラープリンタも、スキャンができ、コピーもできる多機能型を入れました。

 いままで通りとはいかないまでも、なんとか仕事ができる必要最小限の環境ができました。問題はパソコンがトラぶったときに、頼る人がいないこと。事務所を持っていたころは、甥のAがいましたし、ディラーのバックアップ体制もありました。それが期待できない。これはパソコンを道具にしてしまった私にとって、恐ろしいことですが、なんとかしなければなりません。

 パソコンは、仕事には欠かせない道具であり、時間潰しには最高のパートナーです。たとえば、毎日、一日に十五時間近くパソコンを相手にしてますが、お金になる仕事に使っている機能は、全時間のうち五分の一にも満たないようです。そのために、お金になる仕事がないときでも、深刻にならない時間をすごせます。パソコンは、いろいろな楽しさをつくってくれます。

 たとえば、音楽CDの再生が簡単にできます。文章を書きながら、BGMとして好きな音楽を流すことができます。CDから、あらかじめパソコンのHDに取込んでおけば、そのたびにCDを入れなくても、すぐ再生できます。持込んだ数十枚のLPレコードの音源をMP3に変換して取込みました。このパソコンを使って、好みのBGMを聴きながら、私の「思い」を遺します。 

 


おわりに

優しい人たちへ 万感の思いをこめて

 いままで、数えきれないほどの人に会い、ここで、私の百人だけに会うことができました。改めて会ってみて、皆さん、それぞれが素敵でした。会っているときに、忘れていたことが、記憶の奥の引き出しから出てきました。もちろん、これからも実際に会う人も、会える人もたくさんいます。そして、ここ数年間に、何人かの人に出逢ったように、さらに新しい出会いがあるかもしれません。それは楽しい期待です。

 この遺言は、戦後六十年、生誕六十四年、市井に生きた男の生きざまを記録した自分史です。結構、波瀾に満ちた生き方をしてきたことに気づきます。特異な半生であったと思います。かすんで視力が落ちた目を酷使しながら、書き進めてきました。五十人と会った後に、入院して、右目の手術を受け、その結果、霧が晴れたように、視力が戻ったのですが、暫くして、手術した右目に、また出血して、霧がかかってきました。

 時間をおいて、その霧は晴れることがあり、また、霧に覆われるといった繰り返しです。左目は、相変わらず霧がかかったり、晴れたりで、幸いなことに両目が同時に、濃い霧に覆われることはありませんが、いまのところは、というだけかもしれません。なんとか百人に会えたことでよしとしましょう。会っていて、その人との思い出だけではなく、その人に触発された私の勝手気侭な思いを語っていることに気づきます。

 この百人巡礼は、いろいろな人におすすめしたい自分史の記録方法です。私は、計画して、書きすすめるうちに、いくつかの、その気になれば書ける方法を見つけました。書けないと思ってしまっている人にも、書くことができる方法です。これを私の本業であったマニュアルにしてみようと考えています。そして、これをもとにたくさんの人に、それぞれの百人巡礼を書いてもらえるのではないかと思っています。

 いま、印刷して紙の本で出版するという方法だけが発表の方法ではなくなっています。もちろん、この方法から、ネットのサイトでの発表をも含めて、バソコンで少数部数の高品質の手づくり本ができるようになりました。ベストセラーになるとかは、別の次元のビジネスのお話です。売るために書くのではなく、伝えるためにこそ書く、これを意のある人に読んでもらうこと。そう、話し言葉で伝えてもいいと思うのです。

 私は、この私の百人巡礼を書くことで、これから書こうとする人に、書きたいと思っている人に、出版したくても費用が捻出できない人に、売りの本の目利きのプロに認められない人に、新しい本づくりの道を伝えたいと思います。それが私の三つのテーマ「謝恩」「倹約」「順応」に繋がる方法だと。伝えたいことをもっている優しい人たち。そんな人たちに、充実した時間の消費者になってほしい。きっとなれます。

 いろいろな人の百人巡礼ができれば楽しいと思います。世界が変ります。語り伝えましょう、と呼び掛けるだけでは、前に進みません。作業の効率化のために、機械を作りましょうということと同じです。その機械をどのように作るかを教えてあげない限り、わけ知り顔の評論家が増えるだけで、世界は変わりません。かんたんに創り、送り出すことができるメディアがどんどん生まれています。デジ還親父だって、使えるのです。

                デジ還親父 柏倉利明

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