小説

「乾坤無限」


中国編 キャラクタープロフィール


■中国編−序章−

 

 その昔、中国元朝の時代に一人の男が少林寺で武術を修めた後、武当山に篭り今度は独自に

ンフーの鍛錬をしていた、その男の名は、張三豊(チャン・サンポウ)。

 チャンは、ある日カンフーの鍛錬中に不思議な光景を目撃する、鳥が蛇を襲っている所を目

にした、鳥の空からの攻撃に蛇は、その柔軟な動きで見事に翻弄していた、そして、蛇は見事

に鳥を絞め殺したのである。

 その動きを目撃していたチャンは、蛇の持つ柔軟さを知り、自然と柔軟な動きを取り入れた

カンフーの鍛錬の後に「太極拳」を編み出し、武当派拳法を創り上げ開祖として伝説の人物が

チャン老師である。

 そして、チャン老師の弟子の一人、劉朱(リュウシュ)が武当派形意拳の免許皆伝を果たし

た後に、武当山から独立し、新たに形意拳の道場を構えたのであった。

そして、三年後にはリュウシュは、独自で形意拳を進化させ形意拳最高技「形意十二神掌」を

完成させた。

 この技は、形意拳の十二の型にある技を一点に集中させ掌から放つ技である。

その技が完成した、その日に道場の門の脇に男の赤子が捨てられていた。

 リュウシュは、その子を大事に抱きかかえ道場に運び、洪(ハン)と名づけて、育てる事に

したのであった。

 

■一章

 

リュウシュが「形意十二神掌」を編み出して17年後ー

 

いつもの様に、形意拳の修行に励む門下生たちの前に上座の方で師父のリュウシュが仁王立ち

して稽古の様子を見守っている時に、ある男の名を叫んだ。

「ハン!」

 稽古中の門下生の中でリュウシュの呼びかけに反応する者があの十七年前道場に捨てられて

いたハンである。今は、リュウシュの養子となり、この道場「劉清観(りゅうせいかん)」に

身預けている。

「はい、父上」

形意拳の型を取りながら顔だけリュウシュの方を向くと

「此処に来なさい!」

ハンは、上座にいるリュウシュの所へ向かった。

「ハン、今日はお前の誕生日だ!その祝いにある物を授ける」

その言葉に嬉しそうな口調で

「本当ですか!ありがとうございます父上!」

するとリュウシュは、一番弟子の張(チョウ)に向かって

「チョウ!此処は、任せた」

「はい、師父!」

と言うと道場から外へ出て行きハンに、

「着いて来なさい」

 道場の裏手にある山に続く道に歩き出した、そこは、リュウシュが昔よく山篭りをしていた

修行場でもある。

「父上、私に渡したい物とは何でしょうか?」

 ハンの問いかけにリュウシュは、穏やかな顔で答えた。

「これは、単に祝い事での贈り物ではないぞ」

「どういう事でしょうか?」

「今に分かることだ」

 と言うと黙々と山道を歩き山の頂に着くと、そこは小さな広場に小屋が一軒ある所だった頂

に着くと早々に、今度は、真剣な顔で語りだした。

「ハン、今からお前に形意十二神掌を授ける!」

 ハンは、驚き我が耳を疑った。

「えッ!!」

「お前は、その若さで形意拳を十分極めた、後は最高技の形意十二神掌だけだ!」

 驚きを隠し切れないハンは、恐る恐るリュウシュに申し出た。

「自分は、まだまだ未熟です、とても最高技を授かる資格はありません」

 しかし、リュウシュは、険しい表情で淡々と語り始めた。

「確かに、お前はまだ若いが、その成長速度は他の者とは比べ物にならんほどだ、自分で気が

付いていないだけだ!」

と言われたハンは、自分の両手を見始めた。

 ハンの心中は(自分には、本当にそんなに技量があるのか?)と半信半疑だった。

「今、この形意十二神掌を継承すれば、いずれお前が形意拳を世に拡大させる事ができる!」

 リュウシュが強い口調で発した。

 その言葉に胸を打たれたハンは、両拳を作り活力が沸いてきた。

「はい、形意拳の繁栄の為にも最高技の伝授お願いします!」

さっきまで半信半疑だったハンは、急に自信と使命感に燃え上がって来た。

「先ず、形意十二神掌を見せる!」

「はい!」

するとリュウシュは、全身の力を抜き弛緩状態で目を閉じ、しばらくした次の瞬間、超高速で

ハンに目の前まで前進し形意十二神掌を放った。

「うわッ!」

 驚き硬直してまったく動けない状態になった、ハンの前で繰り出す拳は、形意拳十二種類の

拳が高速で飛び交ってした。勿論すべて寸止めであるが、一瞬の出来事で呆然と立ち尽くすハ

ンにリュウシュが自信に満ちた表情と口調で語り始めた。

「これが、最高技形意十二神掌だ! 形意拳の十二の拳、龍形拳・虎形拳・候形拳・馬形拳・

蝿形拳・鶏形拳・鶴形拳・燕形拳・蛇形拳・鳥台形拳・鷹形拳・熊形拳の全てを高速で相手に

撃ち込む技だ」

 ハンは、歓喜していた、形意十二神掌の迫力は、目の前にした物しか分からないだろうとい

う表情で全身に武者震いを起こしていた。

「ハン、私が教えるのは、ここまでだ!後は今まで修めてきた形意拳十二の拳を一から見直し

一つ一つ突き詰めて最後に全てを合わせ完成させるのだ!」

「はい、必ず修めてみせます!」

「それと、その技が完成するまでは、ここに篭りなさい、その方が集中しやすいだろう」

「わかりました、完成するまで山を下りません」

 その言葉を聞いたリュウシュは、安心した表情で頷き山道を下り劉清観に帰っていった。

 ハンは、父の後姿を見ながら。

(父上・・・必ず完成して・・・形意拳繁栄させます)

 と決意を固めるのであった。

 

山篭りを始めて十日後、ハンは苦しんでいた。

「なぜ出来ぬ・・・今まで全ての十二の拳を修めたのに、形意十二神掌が完成されない!」

(何かが足りないのか?いやはり自分は、まだ、未熟だかなのか?)

 ハンは、両手と膝を地面に付きながら悩み続けていると、ふと立ち上がり目を閉じた。

 それは、全身の力を抜く弛緩状態である。

(たしか父上は、最初にこの様な状態で技を出した)

 すると、ハンの中の五感が山の中に溶け込んでいく事に気づいた。これは、まるで自然界の

動物達のような気分になった。

(そうか!この状態でそれぞれの拳を自然に出せば良いのか!)

 ハンは、目を開き動物の本能が如く拳を出した。

 すると、体が自然と動き十二の拳が次々に繰り出されていくのであった。

「これが形意十二神掌なのか!」

 ハンは、大声で歓喜を上げた、顔は喜びに満ち溢れている。

「よし、早速父上に見せなくては!」

 と山道を下ろうとした時麓で煙が立ち上がっている、それもかなりの黒煙だ。

「なんだ、この胸騒ぎは!」

 ハンに不吉な予感がよぎった、ハンは一目散に山を下り劉清観に向かった。

 下りると其処には、地獄絵図に遭った、劉清観の道場は半崩壊状態で周りには、門下生たち

が倒れていた、しかも無残に無数の切り傷や鈍器で殴られたような痕があった。

 ハンその光景を尻目に道場に飛び込んだ、中にも門下生たちの死体が無残にも転がっていた

その中で、ハンは父を探した。

「父上!」

と大声で叫ぶと外から人の声が聞こえてきた、ハンは外に飛び出したが、其処にいたのは、父

ではなくて、槍を持った二人の兵士だった。

「何者だ!」

とハンは問いただすと、兵士たちは、いきなり叫びながら襲ってきた。

「まだ、生き残りがいたのか!」

「くたばれ!」

 ハンは、とっさに素早く相手の懐に入りカウンターで一人の兵士の喉を突きもう一人は、足

払いで転ばせて、兵士の腕の関節を取りうつ伏せの状態にしてねじ伏せた。

「うわああ」

関節を取られ苦しむ兵士にハンは、物凄い形相で再び問いただした。

「お前たちは、いったい何者だ!何故私を殺そうとした!お前たちが道場を破壊したのか!」

 兵士は、痛みでただ苦しむだけ何も答えない。

「言わぬと殺すぞ!」

 とハンに脅され兵士は、問いに答えた。

「お・俺たちは、皇帝に命令されて此処に来たのだ、朝廷に逆らう組織や流派を殲滅するのが

我々の仕事だ」

「なんだと!父上は、ここの師父リュウシュは何処にいる!?」

 ハンが兵士に拷問していると、後ろから劉清観へ上がる階段を上がって来る大勢の足音が聞

こえてきた。

「なんだ、貴様何をしている! 劉清観の生き残りか!」

 と部隊長らしき兵士が怒鳴り声を上げた。

「一人も生かすな、殺せ!」

 そのかけ声で十人ほどの兵士が、一斉に襲い掛かって来た。

 ハンは、押さえ付けていた兵士の頭に一撃してから離れ、兵士たちに真っ向から受けて立つ

構えを取った。

「今こそ形意拳の力見せてやる!」

 ハンは、目を閉じ全身を弛緩状態にして相手の殺気を全身で感じ取った、次の瞬間に目を

開け兵士たちに形意十二神掌を喰らわせた。

 十人の兵は物凄い勢いで劉清観の階段下まで吹っ飛んだ。

 すると、部隊長らしき兵がハンの物凄い強さを目にしてすくみ上がっていた。

「我が師父でもあるリュウシュが貴様ら如きに負けるわけあるまい!」

 とハンが叫んでいた時に部隊長らしき男の後ろから二人の男がすっと飛び出して来た。

 二人の男は、一人は黒髪で黒髭の黒色の服を着た五十ぐらいの中年だ、もう一人は、

白髪で白髭の白色の服をきた五十歳ぐらいの中年だった。

「おぉ、これは陰陽二老さま」と部隊長らしき男。

「上から兵士が降ってきたのでな、何事かと来て見たのじゃ」と白髪白髭の男

「こいつが我が兵を倒した奴です、陽毒老さま」

「なんだと、こんな小僧にやられたのか!」と黒髪黒髭の男

「はい、しかし、奴はリュウシュの息子らしいです、陰毒老様」

 ハンは、この二人の名前を聞いた瞬間、背筋が一瞬氷付いた。

(この二人は、朝廷でも悪名高い皇帝側近の陰陽二毒老ではないか!)

 ハンは、恐らく父がこの二人にやられたかも知れないと思いはじめて、険しい表情になった

「おい、小僧!お前の父は、わしらが殺してやったぞ」

 陰毒老が、あざ笑うような口調で声を上げた。

「よくも父上を殺したな!」

 ハンも怒りに満ちていたが、二人の気迫に圧倒されていて、蛇に睨まれた蛙状態であった。

「お前も、父と同じように我が毒手によって苦しみ悶え死ぬがいい」

 陽毒老がニヤついた表情でハンに向けて左手をかざした。

 その手は、紫色に変色しており完全な毒手の拳だ、あれを喰らったらひとたまりも無い。

 ハンは、なんとかこの場を切り抜けようと、時間を稼ぐために二人に問いかけた。

「我が父の遺体は、何処へやった!」

 すると、陰毒老が右手をかざし拳を作った、その手も紫色で毒手の拳だった。

「知る必要も無い、お前は此処で死ぬのだからな!」

(全然時間稼ぎできる状態ではない、しかたない隙を見て逃げよう!) 

 ハンは、形意拳の構えを取ったが、まともに戦う気は無く劉清観の横にある川に逃げ込もう

と考えたが、そこは、かなりの高さがある崖で飛び降りても助かるか分からないが此処で殺さ

れるよりもマシだと考えた。

「死ね、小僧!」と陰陽二老が襲い掛かって来た。

 ハンは、とっさに崖の方角に避けたが、陰毒老が崖側にいたのでいち早く反応して、回し蹴

りをハンに喰らわせた、その一撃はでハンは、崖手前まで吹っ飛んだ。

(これは、運が良いのか悪いのか?兎に角、此処から逃げないと)

 後ろから追撃してきた陰毒老が物凄い迫力で攻撃を仕掛けた。

「死ね小僧!陰毒神掌!」

 ついに毒手の技を使ってきたのであった、ハンの居た場所は、陰毒老の陰毒神掌の威力で吹

っ飛んでしまい、周りの足場ごと崖へ落ちていった。

 傍から見るとハンが陰毒神掌に直撃してそのまま落ちていった様に見えたのであった。

 しかし、ハンは、ギリギリで攻撃を交わしていた為に直撃は、免れ毒も喰らっていなかった

「うわああ〜」

 ハンは、何とか体制を取ろうとして空中でバタバタして何とか左腕に気を溜め衝撃に耐える

準備をしていた、そして川の中に落ちたが底は浅い川なので川底に叩き付けれらそうになった

が、左腕の気を一気に放出して受身を取ったが、左腕は折れてしまった、うまく衝撃を左腕だ

けに集中させて体や足は、捻挫程度にすんだ。

 上では、陽毒老が様子を見に陰毒老に駆け寄って来た。

「この、高さなら死んだな、生きていたとしても毒で野たれ死ぬだろう」

「う〜む・・・そうだな」と少し納得いかないような表情の陰毒老。

 陰毒老も直撃の手ごたえが無かったのを感じていたが、この高さと多少は、当たっていた感

があったのでそこまで深追いはしなかった。

「よし、都へ戻るぞ!」と陽毒老。

 二人と部隊長は、階段下に待機していた兵士共に帰っていた。

 ハンは、川の流れで少し下ってから川から上がり岩陰に身を細めていた。

(しばし、此処で様子を見て敵の気配が無くなったら移動しよう)

 しばらくして、目を閉じて全身弛緩状態になって敵の気配を探していたが気配が感じられな

いのを確認して、そこから移動し始めた。

 命は助かった物の怪我を負いボロボロの状態では、また朝廷兵士に出会ったら流石にやばい

と感じたハンは、父の師匠であるチャン老師が居る武当山を目指すことにした、が此処から武

当山までは、歩いて五日は、掛かるので劉清観が使っている馬小屋と牧場が少し下った所にあ

るのでそこで馬に乗り、武当山に向けて駆け出した。


■二章

 

 劉清観から武当山に向かって二日間ハンは、途中でたいした休憩も取らずひたすら馬を駆け

出していた。

 流石に左腕が折れており気を集中して回復に専念しているが、馬に跨り走りながらでは、骨

に響く為に焼け石に水ではあるが、やらないよりは、ましだった。

 辺りは、もう日が大分傾いてきた時、

「この景色見覚えがある!」

 ハンは、七年ほど前に一度父とチャン老師の百歳の誕生日の祝いで武当山に行った事がある

のでその時の記憶がよみがえって来た。

 武当山に近づくにつれハンの表情が穏やかになってきた、その安心からか全身の緊張が抜け

今までの疲労が出てしまい体が重くなってきた。

 そこに段々と武当山が見えてきたが、ハンの意識は虚ろであった。

(もう少しで、武当山に辿り着く・・・)

 ハンは、最後の力を振り絞り武当派総本山の三清観(さんせいかん)への上る階段の目の前

まで終に辿り着いた瞬間に馬から「ドサッ」と落下してそのまま起き上がる事なく倒れこんでしまった。

 疲労とダメージにより気絶してしまった、しばらくするとハンが向かってきた方向とは反対

側の道から一人の武当の門下生らしき者が歩いてきた。

 三清観の入り口付近に馬が居るのに気がついて、客人が来たのかと思い走り出した、すると

そこには、一人の青年が倒れているではないか、そこで、その人が声をかけた。

「おい、しっかりしろ」

 ハンは、その人の呼びかけで目を覚ましたが、まだ虚ろな状態ではっきりと見えないが声が

女性の物だとは聞き取れた。

「チャン・・・老師に・・会わせてくれ・・・」

 と頼りない声でその女性に語りかけたが、女性は、ハンを抱きかかえた。しかも軽々と三清

観へ通じる階段を軽快に上り始めた。

 ハンは、声が女性なのに抱きかかえた時に彼女の腕の筋肉を肌で感じていた、それと豊満な

乳房も確認できた。

(この人は、女性なのに物凄く鍛え込んでいる人だ)

 とハンの心中をさえぎるような声で、

「兎に角今は、治療が先だよ! 彼方左腕が折れているじゃない!」

 と言いながら彼女は、三清観の横にある医務室らしき場所へ運んでくれた。

「あれ、先生・・・居ないの?・・・仕方ない!」 

そこに着くとハンを布団の上に寝かすと、

「今、先生呼んできるから」

 と彼女は、忙しない足取りで行ってしまった。

 ハンは、感謝を感じつつも早くチャン老師に劉清観での惨事をつたえなくては、という使命

感にも追われていたが、折角の彼女の好意を踏み滲む事は出来なく、おとなしくしている事に

した。すると、また忙しない足音が聞こえてきた。

「先生!急いで!」

 彼女の声と同時に部屋に入って来た、その後ろに、この三清観の医療専門の武道家らしき黒

髭の人物が入って来た、するとハンの姿を見て直ぐに診察し始めた。

「左腕の骨折は酷いな! 何日か前に折れただろ!」

 と腫上がった左腕に手を当てながらハンに問いかけた。

「・・・はい」

 その後ろでハンを運んでくれた、あの女性は、心配そうな面持ちでこちらを見ていると。

「先生、私も手伝うよ!」

「いや、ここは、私に任せなさいレチーは、チャン老師にこの事を伝えてくれ」

 それを聞いたレチーは、

「わかりました、ソン先生・・・」と心配そうな表情をハンに残して三清観の方に向かって走

り出して行った。

 ソン先生は、ハンの折れた左腕を整体術で元の位置に戻した時「グギッ」と音が鳴った。

「痛ッ」と声を発してしまったハンにソン先生が穏やかな表情で。

「声を出す元気があれば、平気だな」とハンに語り始めた。

 その時、ハンの表情も穏やかになった、すると段々腕の痛みが薄くになって来た。

 ソン先生は、折れた部分に薬を塗って木で固定して布を巻いてくれた。

「後痛むところは無いか?」

「平気です、大分楽になりました。」

「そうか、後はこれを飲みなさい」とソン先生は、薬草茶を入れて差し出した。

 ハンは、折れてない右手て湯飲みを受け取り、ゆっくりと飲み始めた。

(少し苦いけど、美味しい)とハンは、ズルズルと薬草茶を飲みほどした。

「美味かったです、ソン先生」

「そうか、この薬草茶は、私が長年と色々な薬草と漢方を混ぜて作り上げた物だからな」

 とソン先生は少し自慢げに笑顔で淡々と説明してくれた。

 気のせいか、体が随分と軽くなった、三清観について大分落ち着いてきたのであろう。

 そこでハンは、自分の使命感を思い出してた。

「ソン先生、今すぐにチャン老師に会わせていただきたいのです」

 スッと体を起こしたがソン先生がハンの肩に手を置き、

「今は、ゆっくりと養生しなさい、それにレチーがここまでチャン老師をお連れするさ」

「私は、劉清観から緊急事態の知らせを伝える為に、この武当山まできたのです!」

 とハンは真剣な眼差しでソン先生を圧倒すると、ソン先生は、

「わ・分かった、手を貸すから三清観に行こう」と肩を貸してくれた。

「ありがとうございます」

 二人は、三清観の内門を潜り、本堂に入ると向かい側からレチーと二人の男性が此方に急ぎ

足で歩いてきた。

「あ! ソン先生、その人動いて大丈夫なの!」と大きな声で叫んだ。

「ああ、大分良くなったし彼に急がれて此処まで手を貸して連れて来たのだ」

 そこに二人の老人のうち一人は見覚えがある人物が居た、白髪で白長い髭で眉も白長い姿の

人物こそ武当派開祖のチャン老師だ。

 ハンは、チャン老師の暖かい気を感じ取り七年前に会った時優しく接してくれた時の事を思

い出し涙目になった。

「チャン老師、私は劉清観からやって来たリュウシュの養子のハンです」と涙だ声で話した。

「何と! あの時のリュウシュが連れて来た子か!」驚きの表情のチャン老師。

「はい、覚えていて頂きありあとうございます」とハンはチャン老師に感謝の礼をした。

「それより、いったい何があったのじゃ!」

 チャン老師は、膝を着きハンの肩に手を乗せてた。

「実は、朝廷が我が劉清観を殲滅にして来たのです!」

 辺りの空気が一転してハン以外の全員が驚きの表情である。

「それは、誠か!」と険しい表情なるチャン老師。

「はい、朝廷に反目する組織や流派を皆殺しにするつもりです!」

「リュウシュは、やられたのか!」

「はい、死体は確認できませんでしたが、どうやら陰陽二老に殺されたみたいです」

 ハンの声から無念さが回りに伝わっていく。

「あの、毒手使いの陰陽二老が自ら出向いて来るとは・・・」

 するとチャン老師の後ろに居たもう一人の黒髪に白髪交じりの男性が、

「老師敵を討ちましょう!」

「ならん! 下手に動いてもやられるだけだ!」とチャン老師が一括した。

「私は、リュウシュと同じ釜の飯を食べた中です、朝廷を許さない!」

 と右拳を胸の前に突き出す。

「チェンよ、それはワシが一番良く知っておる。だがお前一人でどうこうなる事ではない」

 それを聴いたチェンは、悔しそうに顔を下に向けた。

(そうか、この人が武当派師範のチェンさんか!父上の兄弟子って聴いた事がある)

「ハンよ、よく朝廷の攻撃を退いて此処まで一大事を伝えに来てくれた、感謝するぞ!」

 チャン老師は、ハンに敬意と感謝を示した。

 ハンも立ち上がり、周りの全員に深々と礼をした。

「ハン、今はゆっくりと体を休めなさい」と優しい口調のチャン老師。

「ソン先生、ハンは私が治療小屋まで運びます」とレチーの元気の良い申し出にソン先生は、

「わ・わかった、じゃあ私は、薬事料理の準備をしてくる」

 と言うとソン先生は、調理場の方へ向かった。

「ありがとう、レチーさん肩を貸して貰う事になって!」

「何言っているよ、私は運ぶって言ったじゃない!」

 するとレチーは、ハンを最初に運んだ時のように抱きかかえ、治療小屋に向かって歩き出

した。

「うわッ!」と驚くハンにレチーは、暖かい表情で、

「遠慮しなくていいよ、それに私はレチーと呼んで!」とまたしても満面の笑みを浮かべた。

 近くで良く見ると、整った顔立ちをしていてやや褐色の肌色でとても綺麗なお嬢さんだ。

 髪は、やや亜麻色で後ろ髪を馬の尻尾の様に縛っている。年は、十八・九ぐらいだろう。

 と色々と考えているうちに先ほどの治療小屋に着いた。

「ありがとう」と優しい口調で言うハン。

 レチーの顔は、嬉しそうな表情でハンを腕から降ろし寝床に座らせた。

「私には、これ位の事しか出来ないから役に立てて嬉しいのよ!」

 とモジモジする姿がとても可愛らしいレチーにハンは、

「レチーは、どこの生まれだい?」

「ん? 私は、ペルシャ方面からの来た一族なの」

「そうなんだ、両親は?」

「両親は、六年前の私が十二歳の時に旅の途中で盗賊に遭い、殺されてしまったの、私も
盗賊に捕まりかけた時にチャン老師と武当の人達に助けられたの、その時私は、武当派の
強さに心を打たれて、その後私は、チャン老師に保護され武当派の門下生になったの」

 と悲しい過去を淡々と語ったレチーの目は少しだけ涙ぐんでいた。

「僕と似ているね、僕は、捨て子で師父が育ててくれて養子になったんだ」

 その言葉を聴いてレチーは、悲しい表情になり、

「殺された義お父様は、お気の毒だけど、ハンが生きて此処に辿り着いた事をきっと喜んでい

るよきっと・・・」

「そうだね、父の死は、無題には出来ない!」と場の空気が少し重くなったと思ったら、そこ
にソン先生が薬膳料理を持って来た。

「ハン君、これを食べて今日はゆっくりと休みなさい」

(そういえば、さっき薬草茶を頂いて以来ろくな物を口に入れていなかったなぁ)

 目の前の料理の匂いを嗅いだ時に急にお腹を空かしていた事を思い出した。

「ありがとうございます、頂きます!」

「大丈夫? 一人で食べられる?」とレチー

「平気だよ、右手は動かせるから」と料理にがっつく姿を見たレチーは、くっすと笑いながら

「そうみたいね」と笑みを浮かべた。

 さっきまでの重たい空気が一気に飛んだ。

「レチーよ、お前も、そろそろ食事の時間だろう食堂に行きなさい」

「はい、先生」と言いながら立ち上がり、ハンの方を見て、

「じゃあ、無理しないで養生してね」とレチー。

 ハンは、「うん」と首を下げた後、レチーは治療小屋から出て行った。

 レチーが居なくなった後更に箸が進むみ食事を平らげた。

「ハン君、良い食いっぷりだな!」と満面の笑みのソン先生。

 ハンは、夢中で食べていた事に気づき少し恥ずかしくなって頬を赤めていた。

「さあ、もうゆっくりと寝なさい」

「はい、ソン先生」とハンはゆっくりと目を閉じて眠りに就いた。

 

 その夜、チャン老師とチェン師範他数名の師範代が本堂に集まっており劉清観で起きた一件
を話し合っていた。 

 武当派も朝廷に対して反抗の意を示しており、他の反朝廷組織とも密かに連絡を取り合って

いる為に心配になっていた。

「チャン老師、なぜ真っ先に劉清観が狙われたのでしょうか?」とチェン。

「恐らくわしへの警告だろう、武当の一派を殲滅して、いずれ此処も攻撃するぞとの事だろう

じゃが、逆にこれは良い機会じゃ、この事を反朝廷組織の仲間にしらせ一気に我らの正義を貫

き朝廷を滅ぼす事が出来るかもしれん!」

 たしかに、武当の他にも少林派や反朝廷組織「天明会」または、隣国のリー将軍も手を貸し

て貰えるだろう、そうすれば、多くの者が朝廷との戦いに参加してくると考えた。

「では、すぐに各場所に伝書鳩を遣わします」と師範代の一人が足早に本堂を後にした。

「それと、ハンはわしが直接面倒を見よう」とチャン老師。

 その言葉を聞き驚く一堂。

「しかし、彼はまだ武当の人間ではないですよ! チャン老師みずから教えを頂くには、まだ

早すぎますよ」と師範代の一人が抗議した。

「ハンは、とても良い素質を持っている、それに、わしの孫弟子じゃ!」

 チャン老師は、武当では絶対の人物である、だれも事を疑いはしないし反論もしなかった。

 次の日、ハンは、チャン老師に正式に武当派の門下生の許可を頂、武当のあらゆる武術を習

う事が出来るようになったのである。