邂逅





クラウスは案内された部屋の中でテーブルに広げられた地図を見ていた。

その地図を見る者はクラウスを含め3人いた。

話は数時間前へと戻る。

・・・

・・・・・

・・・・・・・

北海を抜け北大西洋を航行し燃料が乏しくなってきた頃、独逸第一特務艦隊は彼らの根城に辿り着いた。

そこは北緯六十三度、西経十三度、雪と氷が支配する極寒の大地、グリーンランドであった。

そしてその断崖絶壁にぽっかりと空いた穴があり、六隻の艦艇はその穴に向かって行った。

そこは幅五十m程水路のような物の入り口となっていて内陸に向かって続いていた。

六隻の艦艇は陣形を単縦陣に組みなおし水路へと進入していく。

水路は完全な洞窟ではなく上は所々に雪と氷の突起や天蓋があるだけで吹き抜けとなっている。

そんな事を考えながらクラウスは艦橋両側から聞こえる航海科クルーの崖との距離の報告を聞いていた。

しばらく進んだところで周りを険しい崖に囲まれた入り江に出た。

その場所の崖は一面雪化粧をされ白一色のようだったが正面に見える崖だけは他とは違いくすんだ色合いに見える。

先頭の重巡が速力を落としながら進んでいくと、そのくすんだ色の部分がゆっくりと上に移動していく。

移動していた部分が止まると元に位置には黒い空間が姿を現した。

それは先頭の重巡が楽に入れるほどの広さをもった洞窟だった。

先頭艦はそのまま洞窟内に進入し『フレグランス』もそのあとに続いた。

最後の軽巡が洞窟に侵入し終えると移動した崖の部分が元の位置に戻っていく。

後方を見ると重々しい音とともに外海の風景が狭まっている。

(判断を誤ったかもしれんな・・・・・)

そうクラウスが思ったのも無理は無い。

狭い水路の中で前と後を抑えられているのだ。

前後の艦が牙を剥いた場合の結果は想像に難しくない。

そんな不安を他所に六隻の艦艇は水路を進んでいく。

水路の中は側壁や天井に等間隔に照明が配置されているため視界は確保されている。

天井や壁もまだ建設途中なのかコンクリートで補強されているところもあれば地肌が剥き出しのままになっているところもある。

地肌が剥き出しになっている箇所には、所々足場が組まれておりそこで作業する人間が見てとれた。

人手不足なのか補強された箇所、作業中の箇所より地肌が剥き出しになっている箇所のほうが多い。

そして作業している人間は白人に混じって黒人、さらにはアジア人の姿も見られた。

しかも白人も米国籍の人間だけではなく英国やソビエト国籍と見られる人間も互いに言葉を交わし作業していた。

黄色人種も中国籍もいれば日本籍もいるようだった。

(敵対している人間が極点に近いこの地に集まり一体何をしているのか・・・。)

クラウスがその事に頭を巡らせていたとき延々続いていた水路の前方に開けた場所が見えてきた。

『フレグランス』が水路を抜けるとそこには目を見張る光景があった。

クラウスの目に映るのは整備された近代的な港だった。

五万トンクラスの船舶が同時十隻は接岸できそうな程の広さを持っている。

更に造船施設もあるのか、一隻の大型艦がドックに入渠し各所で火花が飛び散っている。

埠頭には貨物船、タンカー六隻と駆逐艦四隻が接岸し補給や積荷の積み下ろしをしているのかクレーンが忙しなく動いていた。

前を行く大型艦が左に針路を変えそれに続こうとしたとき発光信号を送ってきた。

「先導艦より信号、"右前方五番バースへ接岸せよ"です。」

「両舷微速」

右前方と言われそちらの方を見ると二十人程の人間が埠頭で佇んでいるのが見えた。

おそらくあの場所が5番バースという所なのだろう。

「埠頭まで約二十。」

「右舷推力最微速。左舷推力後進微速。航海科、右舷接岸用意急げ。」

艦を接岸させる為に錨を下ろし舫を放つ。

狭い艦内を航海要員が走り回る。

接岸の準備が進む中、クラウスはウイングに出た。

港側でも作業服を纏った人間が慌ただしく動き回っていた。

その中で、水色の作業服の中に一人軍服を身に付けている人物がいた。

『フレグランス』と『バルクホルン』級二隻が埠頭に近づき接岸する。

甲板の上で航海要員が舫を手繰り寄せ、同じ事が港側でも行われている。

艦と埠頭を繋ぐタラップも掛けられた。

「艦長、接岸完了しました。」

「ああ、わかった。副長、しばらく艦を頼む。」

「は?まさか・・・」

「彼らに会ってくる。」

「一人では危険です。私も」

「大丈夫だ。もし敵意があるなら途中の水路で仕掛けてきた筈だ。」

「しかし・・・」

「不測の事態に備えて君は艦に残れ。命令だ。」

有無を言わせぬ口調だった。

「・・・・・了解しました。ですがお一人では行かせられません。」

「では私が付いて行きましょう。」

そう言ったのはウォルト・ローランド大尉。

『フレグランス』の航海長を務めている男だ。

「かまわんでしょう?戦闘になれば私の出る幕は無いですし。それに私も彼らに興味があります。」

明るい調子でそう言った。

何が何でも付いてくるつもりらしい。

ちなみに戦闘で出る幕が無いというのは嘘である。

見張り員や探照灯などは航海科の分担となっている。

レーダーの為いくぶん重要度が下がってはいるが敵を確認するなど重要な役割であることに変わりは無い。

「仕方ないな・・・」

苦笑しつつクラウスは言った。

クラウスは自分が留守にする間の艦隊の指揮をランドルトに任せ、今も埠頭にいる人物の元へ向かった。




その人物の第一印象は、軍人には見えないという言葉に尽きた。

今対面している仕官の体格は自分達と比べてとても華奢で一般男性として見てもお世辞にも逞しい体つきでは無い。

年齢もかなり若い。

クラウスも左官にしては若いが目の前にいる人物は更に自分より若く、無理をすれば十代でも通るくらいの若さである。

そんな考えをしている内、向こうは敬礼しこちらも答礼を返した。

「長旅ご苦労様であります。第零遊撃部隊、情報部エリス・コーネリア准尉であります。」

なんと目の前の仕官は女性であった。

独逸三軍でも女性の軍人は居なくも無いがクラウスは会ったことが無い。

男女差別の癖はないが少々面食らった。

「『フレグランス』航海長のウォルト・ローランド大尉です。」

ウォルターはごく自然に返答をしている。

恐らく接舷作業の時にウイングから見ていたのだろう。

そのときに女性とわかるような物でも見たに違いない。

(副長連れてくるべきだった・・・・・)

「・・・独逸海軍第一特務艦隊司令兼、『フレグランス』艦長クラウス・ハルトウィッグ大佐です。」

やや遅れながらクラウスも返答する。

「提督がお待ちです。こちらへどうぞ。」

言われるまま准尉の後を付いていく。

周りは倉庫が立ち並びその一つの倉庫から運搬車が出てきた。

荷台には各種弾薬が積んである。

先導してきた艦艇に補充するのだろう。

しばらくすると目の前に剥き出しの岩肌と隔壁が見えてきた。

おそらくこの先に我々を待っている提督が居るのだろう。

エリス准尉が隔壁の横にある小さなパネルの向かって何か話している。

すると隔壁が中央から上下に開いていく。

と、また同じ様な隔壁が目の前にある。

「中へどうぞ。」

先に中へ入った准尉が言う。

二人が中へ入ると後ろで隔壁が閉じていく。

「何故隔壁が二つもあるのかね?」

「ドックと室内では気温差がありますのでこうして二重隔壁にしているのです。」

(それだけじゃないな・・・・・。)

その答えに質問したウォルターは納得したように頷いたが、クラウスは別の用途を考えた。

保温の為だけなら扉で事は済む。

わざわざインターフォンで確認して隔壁を開けているのだから。

「情報部エリス・コーネリア准尉。独逸海軍将校2名同行しています。」

先ほどと同じようにパネルに向かって准尉が話す。

隔壁が開くと今度はホールのような場所に出た。

この場所もまだ工事途中らしく天井、壁で火花を散らしている。

「この場所はまだ未完成ですが完成後は各エリアに繋がるエントランスとして使われる予定です。」

火花が飛び散る中、そう准尉は説明し正面に見える両開きの扉に進んでいく。

扉の前に立つ者と准尉が言葉を交わし奥へと進む。

そこは廊下でいくつかある扉を過ぎ一つの扉の前で准尉は足を止めた。

「提督、エリス・コーネリアであります。ハルトウィッグ大佐、ローランド大尉をお連れ致しました。」

扉の前で准尉はそう言い部屋からの言葉を待った。

しかし、

「・・・・・」

部屋からは何も返事は無く辺りには静寂が漂った。

「提督?」

不審に思った准尉が恐る恐る扉を開ける。

部屋の中には・・・・・誰も居なかった。

その部屋は私室に近い感じの部屋だった。

向かい合った2組のソファーの間にテーブルがあり応接スペースがある。

部屋の奥の壁には世界地図が掛けられておりその手前に木製の事務机が置いてある。

「あら?・・・・・おかしいわね。」

准尉は部屋の主が居ないことに首を傾げた。

「とりあえず中へどうぞ。お掛けになっていてください。」

二人にソファーを勧めながら自分は事務机の受話器を取ろうとしたところで1枚のメモを見つけた。

「・・・どうやら行き違いだったようですね。」

手にしたメモを見ながらそう言った。

"少し席を外すので彼らにはくつろいでいてもらってくれ"

ソファーに腰を降ろしながらクラウスは尋ねた。

「准尉一つ聞きたい。君たちは一体何者なんだ?」

その問いにエリス准尉は、

「それは私からは申し上げられません。提督御自身からお話すると伺っていますので。」

とさらりと答えを返した。

他にも色々と質問したが答えは先と同じ、提督が話すという答えしか返ってこなかった。

そんなやりとりを交わしていると唐突に入り口のドアが開いた。

クラウスとローランドからは内側に開いたドアに遮られてドアを開けた人物は見えない。

「提督、さきほどからお二人が首を長くしてお待ちですよ。」

ドアの正面に居たエリスはドアの方に向き直りやや非難めいた口調でそう言った。

そしてドアを開けた人物が発した声にクラウスは驚愕した。

「すまんな准尉。どうしても自分の目で確かめてみたかったのでね。」

やや苦笑しながらその人物はそう言葉を発した。

クラウスはその声を耳にして絶句した。

ローランドも目を見開き同様な状態だ。

やや疲れを含んだ壮年の年齢の声だったが聞き違える筈はない。

「久しぶりだな、大佐。」

「カ・・・・・カナリス・・・提督・・・・・・・」

そう、今年の一月にカーン上空で護衛機ともども消息を絶ったヴィルヘルム・カナリスその人だった。

「驚いたかね、大佐?亡霊でも見たかのような顔をしているぞ。」

提督は笑みを浮かべながらソファーに腰を降ろし、そうクラウス達に言った。

准尉は入れ替わるように退室し部屋の中には三人だけが残った。

「御無事だったのですか、提督。」

「ああ、この通りだ。」

提督は両手を広げそう言った。

「提督、御無事でしたら何故独逸へお戻りにならなかったのです?それとこの基地は一体・・・・」

そう言うと提督は手を顎に持っていき思案顔になる。

「そうだな、そこの所から説明したほうがいいようだな。ところでランドルト少佐はどうした?」

「彼は居残りです。変わりに私が。」

ローランドがそう答えると、

「なるほど、慎重な判断だな。大佐らしい。」

と笑いながらいった。

懐かしむ会話が一段落したとき遠慮がちなノックの音が部屋の中に響いた。

「コーネリア准尉であります、提督。」

先ほど自分達を案内してきた女性だった。

「入りたまえ。」

「失礼します。」

准尉はトレーに載せていたカップを三人の前に置き再び退室していった。

「ブランデーではないのが残念だが、再会の乾杯としよう。」

グラスの時のような事はしないが三人ともそれとわかる仕種で表現した。

二人が落ち着いた頃を見計らって再び提督は口を開いた。

「では本題に入ろう。」

そう言われクラウス達は姿勢を正す。

「今は何年か言えるかね?」

「?」

本題に入ると言われたにも関わらず今は何時かを聞かれた。

クラウスは提督の真意を測りかねたが答えないわけにもいかない。

「四十三年の十一月九日ですが?」

「そうか・・・・・。残念だが、今は四十一年三月二十二日なのだ。」

「・・・・・どういうことです?」

「君達は過去に跳ばされたということだ。それも別次元の地球の過去にな。」

重苦しい口調で提督はそう言った。

「とりあえずはこの基地の事を話しておこう。」

暗く沈んだ部屋の空気を払拭するように提督は言った。

「見てわかるようにこの基地には世界中の人間が居る。アメリカ、ロシア、フランス、ドイツ、他にも色々な人間がな。」

水路、埠頭で作業していた人員は確かに色々な人種だった。

「この基地はどこかの国家が所有するものではない。ここに居る人間は皆、袂を絶った人間なのだ。」

つまりは国籍が無い人間ということだ。

「提督もですか?」

「無論だ。」

「何故です?確かに総統の考えには私も疑問を思う所はあります。だからといって・・・」

「いやそうではないのだ大佐。確かに私は反ヒトラー派だがそれだけではないのだ。」

そう言って提督は立ち上がり事務机の中から数枚の写真と資料を取り出した。

「これは?」

「それが祖国を去り、ここに拠を構えた理由だ。」

写真には高空から撮影したらしく多量の雲とその間から見え隠れする艦隊の姿が映っている。

「それは今年の初めに撮ったものだ。その次の奴を見てくれ。」

今度は先のとは違いより低い高度で艦隊中央を撮った写真だった。

中央に3隻の大型艦が航行する姿が写っている。

その内の2隻、中央に位置する艦の両側に居る船には見覚えがあった。

「・・・?」 クラウスが写真を食い入るように見る。

「これは・・・シャルンホルスト?」

「そうだ。『グナイゼナウ』、『シャルンホルスト』の二隻だ。」

そして中央の艦はその二艦より少しばかり大きい。

「中央のは見覚えがありませんが。新造艦ですか?」

「名目上は巡洋戦艦だ。だが中身はまったく別物だ。次の写真を。」

言われるまま下の写真を見る。

それは一つ前のとほとんど同じ写真だった。

違うところはシャルンホルスト級二隻が後方に見えることだけだ。

「?」 「大佐、シャルンホルストは何ノットまで出せたかな?」

「は・・・、約三十四〜五ノットですが。」

「その写真からはどうかね?何ノットかわかるかね?」

「・・・・・」

クラウスは沈黙する。

「ふむ・・・。大尉、君はどうかね?」

「ウェーキ(航跡)、排煙から察するに両艦とも三十三ノット以上、全速だと推測します。」

その言葉に提督は深く頷いた。

「そうだ・・・。そしてその写真の意味する所は・・・・・。」

「・・・・・この船は三十三ノット以上で航行できる?」

「半分は当りだ、大尉。」

「どういうことですか?」

苦渋に満ちた顔で提督は答えた。

「三十三ノット以上で巡航する巡洋戦艦だ。こいつは。」

「「!」」

この時代、巡洋艦でさえ最大速力三十五ノット程度である。

それ以上の図体を持つ巡洋戦艦では到底無理な事である。

「超兵器・・・・・。我々はそう呼んでいる。」






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