暴風
−神に逆らう者は裁きに堪えず罪ある者は神に従う人の集いに堪えない。−
−神に従う人の道を主は知っていてくださる。−
−神に逆らう者の道は滅びに至る。−
−旧約聖書 詩篇 第一章−
その姿は「異形」の一言に尽きる。
『ビスマルク』、『シャルンホルスト』といった独逸海軍の大型艦艇は均整の取れた姿を持ち、戦闘艦とは思えぬ優美さを持っていることで知られている。
だがあの艦はそれらとは掛け離れた姿をし、禍々しさすら感じられる。
背負い式に据付られた三基の主砲、前後部艦橋両脇には副砲、船体中央の舷側には独逸海軍戦艦では珍しくもない魚雷発射管が据えつけられその内側には高角砲、機銃座が煙突を挟んで設けられ無数の砲身が空を睨んでいる。
艦橋を含む上部構造物はそれまでのような彫刻染みた複雑の物ではなく、傾斜が付けられた平面を組み合わせた外観をしている。
そしてそれらを載せる船体は艦首から第一主砲塔手前の甲板にかけて飛沫から上構を守る為のブルワークが設けられ、船体中央は船殻が大きく張り出している。
その大柄な図体からはとてもではないが七十ノットを超える船には見えない。
だが現実にその巨体は飛沫というには豪快な量の海水を巻き上げながら猛然と英国輸送船団へ突進している。
いち早く超兵器の接近に気付き、また最も近い位置に居たケント級重巡洋艦『バーウィック』は護衛艦隊旗艦『マレーヤ』へ超兵器接近の報を発した後、艦隊各艦の体勢が整うまでの時間を稼ぐべく隷下の艦艇を率い迎撃に移った。
この時、R23E船団は独立遊撃戦隊を迎撃する為に艦隊を二分させていた事もあり効果的な迎撃体勢を即座に取る事が出来ないでいた。
分かれた二隊の内、一隊は旗艦『マレーヤ』以下戦艦を主体とし独立遊撃戦隊の迎撃に当たっている隊。
もう1隊は輸送船と艦載機を失い戦闘力を殆ど失った空母で構成されR23E船団の本命が含まれている本隊である。
この時、本隊は戦闘を避けるために南西方向に航路を変えて航行していた。
不幸にも、本隊には重巡は十隻足らずしかおらず敵超兵器の足を止めるにも圧倒的に戦力が不足していた。
ケント級重巡洋艦は二十.八cm連装砲三基を持つ英国海軍に最も多く見られるスタイルの重巡洋艦である。
過去、幾度となく勃発した戦争・紛争は大英帝国に国を潤す為の富と強国の証たる諸外国への影響力を授けた。
そしてその富の供給は本国と遠くはなれた地によって成される為、本国とその地を結ぶ航路を守るための船が必要となった。
そして建造されたのがケント級、ロンドン級に代表される植民地警備を任務とした巡洋艦である。
火力・防御力よりも航続力と凌波性を優先させた設計により今回のような船団護衛には適した艦艇である。
だがそれも相手が自分同様、通常艦艇であった場合の話だ。
超兵器が相手では火力不足は否めず、一方的に蹂躙されかねない。
輸送船団本隊に付く護衛艦隊は絶望的な戦力差で超兵器から船団を護らねばならないが既にそれは達し得ない事になりつつある。
船団本隊へ一直線に突進していく『シュトゥルムヴィント』の前甲板が鈍い赤い光と共に煙に包まれた。
船団はトロンヘイムを過ぎ、オーレスン北方を西進中の所を独超兵器の襲撃を受けた。
予定ではこの時点で彼らの庭同然であるスカパ・フロー泊地にたどり着いている筈であった。
しかし予想外の方向からの襲撃を受けたことによって進路の変更・陣形の再編を行ったことによって予定より大幅に遅れることになった。
そしてこの時間の遅れが船団の命運を決定付ける物となる。![]()
「輸送船団で爆発!戦闘が行われている模様!」
『フレグランス』は満身創痍、他の二隻も手酷くやられ万策尽きたかと思われた時、輪形陣を挟んだ反対側から爆発の轟音が鳴響いた。
船団に隠れてその姿は見えないが微かに見えた水柱から大型艦であることは見て取れる。
元居た世界ではない云々はさておき、超兵器の存在については半信半疑であったクラウスもここに来てその存在を認める事となった。
レーダー室からは7時から十一時の方角にノイズが生じ状況が不明という報告も上がってきている。
出航前のブリーフィングでは超兵器が出現する兆候としていくつかの特徴が幹部要員には伝えられている。
超兵器が出現した場合、レーダーの機能障害、大気の急速な変化、そして別世界へ干渉するゲートの出現。
これらの発生は今まで超兵器が出現した時に観測された異常現象であると伝えられ、これ以外にも何らかの異常が見られる可能性があると伝えられている。
遠巻きにこちらを包囲していた巡洋艦が速力を上げ『フレグランス』から離れていく。
主砲をこちらへ向け今にも放とうとしていた戦艦群もその主砲を発砲させることなく変針、超兵器に対して優位な態勢を取るべく動き始めた。
「敵巡洋艦転舵!離れていきます!」
立ち昇る煙に怯むことなく己の職務を果たしている見張りが声を上げる。
『シュトゥルムヴィント』の出現によって英艦隊は超兵器迎撃を優先させ独立遊撃戦隊を駆逐艦に任せ、全ての軽・重巡洋艦、戦艦を超兵器迎撃に充てた。
それまでに向かってきた重巡に対して、保有する魚雷を全て撃ち放った『フレグランス』にとっては幸運なことであった。
超兵器が姿を現したことによってクラウス達の目的はほぼ達成され、後は事の成り行きを見定めるだけである。
退路を阻む駆逐艦の数は五隻。
巡洋艦が離れたことによって各艦の間隔は広く、相互支援も行い難い状態であり包囲網を突破する可能性は残されている。
そして突破するチャンスは包囲網を形成し終えていない今を持ってない。
「誘引は成功した。針路〇−八−五、安全圏まで退避する。」
クラウスの言葉によって独立遊撃艦隊は強襲から一転、撤退行動に移った。
「僚艦に信号、針路〇−八−五!」
「方位〇−八−五、針路上に敵駆逐艦二隻確認!」
「左舷より駆逐艦接近!」
「後方からも敵艦接近中!」
全方位から駆逐艦が群がりさながら鮫の餌になったようだ、とクラウスは思った。
しかし一斉に向かってこられないならば、こちらの三隻だけでも十分に勝機はある。
ただの駆逐艦でないことは艦の全員が熟知している。
「前方に火力集中!退路を確保しろ!」
「変針完了!機関全速!」
「『バルクホルン』、『ドレスデン』も変針完了。本艦に続きます!」
全艦が変針し砲火を前方に立ち塞がる二隻の駆逐艦に浴びせる。
約一万mの距離から放たれた砲弾は独逸製光学照準器と相まって驚異的な命中率を見せる。
見る間に一隻が火達磨になり放火が収束していく。
もう一隻も前後の砲をこちらに指向させていたことにより被弾面積が増加し僅か三斉射で沈黙した。
正面の針路が開け三隻が包囲網を脱する中、R23E船団本隊では新たな動きがあった。
「こちらレーダー室!レーダーのノイズが酷くなっていきます!」
R23E船団、本隊を統率する空母『カンパニア』の艦橋では最悪のタイミングで現われた悪魔の兵器への対処に忙殺されていた。
『バーウィック』が指揮下を離れ、敵超兵器へ突撃するのを皮切りに船団司令部からも護衛艦艇へ超兵器迎撃の命令が下っていた。
しかしその戦力は余りにも非力であった。
本隊には大小十一隻の空母が含まれていたがその保有機は二割を切り戦力として使い物にならない。
実質、本隊を守るのは十隻ばかりの巡洋艦、駆逐艦であった。
予想だにしなかった独立遊撃戦隊の襲撃と、その見た目とは裏腹の戦力に脅威を感じた英海軍指令は主力艦まで投入して膠着した状況を打開しようとした。
その為に本来の護衛対象である多数の油槽船、貨物船の護衛が手薄になるという状況が作り出された。
この最悪の状況に『バーウィック』は身を挺して時間を稼ぐべく『シュトゥルムヴィント』に立ち向かっていき、そして沈んでいった。
彼我距離三万五千m、全速で相対していたにも拘らず第二射で二発の命中弾を『バーウィック』は受けた。
一万トン足らずの船体には二十八cm砲弾の直撃は荷が重すぎた。
艦橋と第二砲塔の正面に直撃を受け、砲弾が突き抜けた艦橋は半壊。
真正面から砲弾を受けた第二砲塔は衝撃によって砲身が折れ、砲塔部も砲弾が持つ突進力を抑えきれる筈も無く砲身と同じように砲塔前部を変形、吹き飛ばされた。
第二砲塔を鉄屑に変えた砲弾は砲塔を突き抜けた後も破壊を撒き散らしながら船体中央へ進入、艦橋下も過ぎ三本ある煙突の最後部、第三煙突直下で信管が起爆、第三煙突を吹き飛ばしその下にあるボイラー、タービンを瓦礫へ変え、余りあるエネルギーは右舷舷側に穿たれた破孔をから噴出した。
惨状からすれば持った方であるが被弾から五分後、『バーウィック』は艦首を上に暗く冷たい北海の波間へ消えた。
護衛艦隊各艦は沈み行く『バーウィック』にかまわず重巡、軽巡、駆逐艦は戦艦隊が到着するまでの時間を稼ぐ為に超兵器の両翼に散開しつつ突撃していく。
運が良ければ被弾する前にその横腹に魚雷を叩き付けることが出来るだろう、だがそれもよほど運が良ければの話だ。
元よりそんな幸運を当てにする気は『マレーヤ』に乗る艦隊司令も考えてはいない。
超兵器に最も有効な手はこちらも超兵器をぶつける事だ。
超兵器を建造し運用している保有国では運用、交戦などの経験上『通常艦が超兵器を撃沈する事は不可能』、との認識を持ち超兵器の建造を急ピッチで進めている。
つい先日もハンブルクに強襲を掛けた英海軍超兵器潜水艦『レムレース』が迎撃に出た駆逐艦、巡洋艦の対潜攻撃をかわし逆に沈めている。
その他にも『シュトゥルムヴィント』と同じく超高速航行が可能な『ヴィントシュトース』級超高速巡洋艦『ヴィントシュトース』『フレースヴェルグ』が独戦艦『ヘッセン』『ハノーファー』と旧式ながらも近代化改修された戦艦二隻を共同で撃沈するなど自艦よりも強力な艦種を容易に沈められる能力を超兵器は有している。
天敵であるはずの船も通常艦では超兵器を沈めることはできない、故に超兵器を沈められるのは超兵器だけである、と。
いつしかそのような認識が各国軍上層部に広まっていった。
二斉射で重巡を葬った『シュトゥルムヴィント』は突撃してくる艦艇には目もくれず転舵、そして『シュトゥルムヴィント』の超兵器たる証である超高速航行能力を発揮、艦首が持ち上がり航跡の尾が徐々に延びてゆく。
五十ノットを超える猛速を出しながら取舵を取った『シュトゥルムヴィント』はT字を描こうとした英戦艦隊に対して頭を抑え距離を詰めながら逆にT字を描く形となった。
完全に優位な位置を取った『シュトゥルムヴィント』は右舷に向けた九門の二十八cm砲を斉射で放った。
狙われたのは先頭を行く巡洋戦艦『レナウン』だった。
英海軍はこの時点で二十四隻の戦艦、九隻の巡洋戦艦を保有していたが戦艦の八割、巡洋戦艦にいたってはその全艦が就航したのは第一次世界大戦中という謂わば老朽艦であった。
時代に合わせ射撃指揮装置の交換、主砲の仰角引き上げ、装甲の強化など改修が施されて入るが生まれ持った不備、欠陥は完全には克服する事は出来なかった。
巡洋戦艦という艦種は元来装甲が薄い。
戦艦の火力と巡洋艦の速力を持つ代わりに装甲を犠牲としている為に正面切っての砲戦は想定されていない。
『シュトルムヴィント』の放った第二斉射は2発が命中、一発が『レナウン』の第二主砲塔を直撃、もう一発は艦橋の左真横の甲板に着弾した。
この被弾によって第二主砲はバーベッドが歪み旋回・発射が不能となり、砲戦力は三分の二に低下した。
甲板に落ちた方は薄いながらも装甲化された甲板を貫通、居住区に飛び込みそこで信管を炸裂させ少なくない数の死傷者と共に火災を発生させた。
戦艦隊を護るべく突撃するも振り切られる形となった前衛艦艇は依然最大戦速で『シュトゥルムヴィント』を追撃しているが如何せん離されすぎた。
代わりにそれまで『フレグランス』を取り囲んでいた軽巡・重巡が会敵し砲撃を加え始めた。
今居るどの艦よりも大きい五万トン近い排水量を持っている為に砲弾は次々に命中する。
数に物を言わせ砲火を集中させるが、甲板はおろか一部の上部構造物まで装甲を施されているらしく降り注ぐ中口径弾に堪える様子は無い。
致命的な損傷を与えられる戦艦隊は『シュトルムヴィント』に対していまだに砲身を向ける事さえできずされるがままに撃たれ続けている。
その間にも『レナウン』は一方的に撃たれ続け被害が拡大していく。
英戦艦隊が有効打を撃つ前に『レナウン』の致命弾となる第六斉射を『シュトゥルムヴィント』が放つ。
黒煙に捲かれる『レナウン』の舷側に砲弾が吸い込まれ一時の後、大音響と共に己の身から業火噴き出しそのスマートな艦橋を途中でへし折りながら吹き飛ばした。
艦橋が吹き飛んだ船体も艦橋があった部分、より正確には第二主砲塔直下から前後に引き裂かれた。
先の砲撃によって第二砲塔内の揚弾機構は停止し揚弾機には主砲弾が載せられたままになっていた。
負傷者の救助と同時に砲塔内の復旧作業も行われていたが復旧を待たずして三斉射目が着弾、その衝撃で主砲弾は揚弾機から脱落し最下層まで落下、信管は起爆しなかった代わりに床との接触によって生じた火花が漏れ出したオイルに引火しそこに並べられた砲弾、装薬を弾けさせた。
英艦隊の不幸は『レナウン』に留まらず、単縦陣を組んだ戦艦隊の最後尾『バーラム』、その前を行く『レゾリューション』『リヴェンジ』の左舷に水柱が立ち上る。
両艦とも五本以上の魚雷を喰らい見る間に傾斜していく。
ボイラー室、缶室に浸水し、左舷の推進力を全て失い、舵にも魚雷を受けた『バーラム』は左回りに惰性で流されていき単縦陣から離れていく。
『レゾリューション』『リヴェンジ』も左舷の推進力を失ったが『レゾリューション』は舵に被害が無かったことから単縦陣から外れることなく後続するが徐々に単縦陣から遅れだす。
『リヴェンジ』も同様に左舷推進力を失うが、破孔から流れ込む海水を食い止められずに右舷のボイラー室も浸水、機関が停止し漂流し始めた。
『シュトゥルムヴィント』は主砲に『シャルンホルスト』級が装備している五十四.五口径二十八cm砲を、更に長砲身化させた物を装備している。
一万五千m以内からの近距離砲撃においては英戦艦の多くが装備している四十二口径三十八.一cm砲を優に超える貫徹力を持つ高性能砲であり、速力の優越から英戦艦との戦闘では優位に立てると思われた。
しかし他の合衆国海軍、日本海軍の新世代戦艦との戦闘を想定した場合、二十八cm砲だけでは致命的な損害を与えられないと判断され砲以外に高い打撃力を持つ兵器として暫定で魚雷発射管が据え付けられていた。
この場面で魚雷を放ったのは、撃ち合う船があまりにも多かった為に多少なりとも損害を与えればいいという思惑の物であったが幸運にも3隻の船に当たり、二隻は文字通り落伍させることが出来た。
残る船は戦艦六、巡洋戦艦一、それに重巡、軽巡、駆逐艦合わせて約三十五隻。
先に会敵していた軽快艦艇は盛んに主砲の乱打を浴びせていたが砲戦では埒が明かないとばかりに『シュトゥルムヴィント』との距離を詰めにかかる。
最大戦速で突撃しながらの砲撃は命中精度を欠くものであったが、雷撃距離まで肉薄するまでの目眩まし程度にはなっているように見える。
『シュトゥルムヴィント』は副砲はおろか、高角砲までも水平で撃ち放っているが英軍の艦艇数の多さは馬鹿にはできなく徐々にその距離を詰められていった。
その時、怒涛の速度で疾駆していた『シュトゥルムヴィント』の行き足が衰えた。
巡洋艦の砲撃が功を奏したと見た各巡洋艦の艦長は更に接近を命ずる。
纏まった打撃力を与えられるのは今しかない。
速力を回復してしまえば魚雷より高速な『シュトゥルムヴィント』に対して巡洋艦が役に立てる機会は失われる。
戦艦群も距離が開くのを承知で舵を一杯に切り、一刻も早く砲火を開こうとする。
そのような思惑を持って接近してくる巡洋艦群に対して『シュトゥルムヴィント』は、その思惑が夢想に過ぎないという事を思い知らしめた。
それまで沈黙していた副砲、高角砲が一斉に火を噴き近寄ろうとしていた巡洋艦を滅多打ちにする。
驚異的な装填速度、照準によって巡洋艦群の先頭を進んでいた軽巡『ガンビア』が瞬く間に火達磨へと姿を変える。
戦艦ほどの装甲を張られていない軽巡洋艦では数発の被弾しか耐えることができない。
『ガンビア』は六発もの二十.三cm砲弾に無数の十五cm砲弾、一〇.五cm砲弾、八十八ミリ砲弾、ありとあらゆる砲弾を受けながらなおも肉薄しようとしたが、燃え盛る船体が中央から折れた。
魚雷が誘爆したのか、それとも船体が耐えられなかったのか。
どちらにせよ『ガンビア』が魚雷を放つことは叶わず僅かな時間の間、自身に砲火を集中させたに終わった。
『ガンビア』を文字通り一蹴した『シュトゥルムヴィント』は残る巡洋艦に砲火を仕向ける。
最も接近していた『ガンビア』には砲火を集中させたが、他の巡洋艦はまだ一万二千mほど離れているからか砲火を分散させ、雷撃位置に付くのを阻む。
雷撃は阻まれ戦艦の主砲も撃つことすら叶わず、ただ一方的に撃たれ続け一隻、また一隻と減らされていく。
最大戦速で飛ばしてきた駆逐艦もそのまま突撃に入るが、射撃指揮装置も多数装備しているのか更に砲火を分散させて駆逐艦を吹き飛ばし巡洋艦を篝火に戦艦を鉄屑へと変える。
たった一隻の戦闘艦によって四十隻もの大艦隊が窮地に叩き込まれるまでの惨劇を、ウイングに出ていたクラウスは双眼鏡から目撃していた。
(悪い冗談だ・・・・・)
艦橋に詰めている要員、全てが思っていた心境である。
あの海域にいるどの船よりも巨大な船が、駆逐艦ですら追い付けないほどの速力で動き回り、火力で勝る英戦艦群を一方的に打ちのめしている光景など今まで自分たちが体験してきた事からはかけ離れ過ぎている。
顔を青ざめ超兵器が荒れ狂っている様を凝視し、必死に否定しようとしている者もいる。
しかし、目の前で繰り広げられる惨劇は残酷なまでに事実を突きつけてきた。
R23E船団壊滅。
暴風はその海域にいた物全てを巻き込み全てを破壊した。
『フレグランス』を囲んでいた巡洋艦群が全滅するまでさほど時間は掛からず、再び『シュトゥルムヴィント』は超高速航行に復帰、追い付いた巡洋艦群、戦艦群に対して砲雷撃を加え全艦を撃沈、もしくは大破させ残る護衛艦艇にも大損害を与え北海の海を後にした。
船団本隊の輸送船は全艦が撃沈され全ての物資を喪失、R23E船団は壊滅した。
行動可能な艦艇は十隻を割り溺者救助に忙殺されているが、海面で火を吹き上げている船を見る限りこの後も漂流者は増える様相を示しており、残存艦艇の先任指揮官は英国本国に救援要請を発した。
<我レ敵超兵器ノ襲撃ヲウケ被害甚大。北海ニ暴風現ル。>
・・・
・・・・・
・・・・・・・
陽は既に沈み、辺りは闇が支配している。
夜になって天候は回復、雲量も少なく久方ぶりに月が顔を見せている。
エリスは充てがわれている部屋を出て、甲板の手すりにもたれ掛かり水平線を眺めていた。
甲板は至る所に黒く焼け焦げた跡や何かがあった跡が目に付き、他にも鋼板を溶接した箇所や今も応急措置を取る要員が甲板の後方で見られる。
独立遊撃戦隊は後方に控えていた第六護衛戦隊と合流、アイスランドへの帰路を急いでいた。
今日の戦闘でクラウスらに超兵器という脅威を自覚してもらうことは出来た筈だ。
だが遊撃部隊に参画してもらえるかどうかは正直わからない。
艦の空気からは陰りは見られないが、恐らく誰もが困惑しているのだろう。
無理も無い。
いきなり別の世界に飛ばされ、友軍から撃たれ、さらに自分の理解を超える戦闘力を持った船を見たのだ。
これを素直に受け入れられる方がどうかしている。
そう思うと、同情の念を抱くが同時に自責の念も込み上げてくる。
この世界の人間である自分たちだけではこの事態を食い止められずに他所からの漂流者であり被害者でもある彼らの力を借りなければならない自分たちの不甲斐なさと自分自身に。
思慮の海に潜ってそれなりに時間が経っていたのか、見れば後方で作業をしていた要員達も居なくなっている。
物憂げな表情を残したまま、エリスは艦内へと戻った。
それは普段の彼女が見せる顔からは想像も出来ないほど暗く沈んだ物だった。
その姿は夜空に浮かぶ月だけが見ていた・・・・・
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あとがき
三月十日改定。 あんまり変わってませんが(;´Д`)
ついでに今までの話も誤字修正メインで修正しました。
細部もちょっと修正入ってますが流れはあんま変わってませんw