誰がために





《第六護衛戦隊、独立遊撃戦隊、第一水路へ進入確認。外部偽装装甲板、閉鎖》

後方で重々しい駆動音と共に外界の景色が遮断されていく。

クラウス達、独立遊撃戦隊は再びアイスランドの地に戻ってきた。

既に戦闘の終結から十二時間以上が経過していたが、未だ艦内に戸惑いと躊躇、そして畏怖する空気が漂っていた。

元の世界でも一方的な戦いというものは少なからず起こっていたが、あのような圧倒的な戦いは聞いた事が無かった。

誰が信じられようか、単艦で四十隻を超える艦隊に対して終始優位に立ちけ、あまつさえ壊滅させる戦闘艦が存在するなどと。

だが実際にそれは実在した。

そしてそれを保有する国が祖国と同じ名を持つ国家であり、その国は自分たちの居た世界をも手中にしようと画策している事も乗組員に衝撃を与えていた。

そしてそれは独逸だけではない。

列強各国も超兵器の研究・開発に血道を開けている。

そしてこのままでは、異世界へと通じる次元の穴を安定した状態で常時開くことが可能となる。

そうなればこの世界だけではなく我々の世界にもその食指を伸ばそうとする事は想像するに容易い。

そして侵攻されたならば最後、我々の世界に超兵器に対抗する力は存在していない。

無論、クラウスは祖国が滅びるのを座して待つつもりはない。

それは副長以下、全乗組員も同じであろう。

しかし、それは住む世界は違うが自分と同じである独逸人に対して砲火を放つという事である。

これにはクラウス自身、即断出来なかった。

第零遊撃部隊に参画するということは彼らの作戦行動全般に関わるという事だ。

超兵器の破壊だけではなく、それを誘引する為の通常戦力の漸減、研究施設の破壊、さらには第零遊撃部隊の根拠地であるグリーンランド基地、基地を提供しているグリーンランド政府の防衛にも駆り出されるだろう。

その時砲火を交えるのは同胞だという事を考えると祖国の為とはいえ、即断出来ない。

祖国か、同胞か。

艦の指揮をランドルトに任せ、クラウスは自室でこの事を帰港するまで考えていたが、答えは今だ出せずにいた。

<<艦長、接岸作業完了致しました>>

艦長室と艦橋を繋ぐ高声電話から報告を聞いたクラウスは艦橋へ上がり一通り指示を出した後、ランドルト、ローランド、ウィンフレッドに加え、他の二艦の艦長、副長など幹部要員を伴い上陸した。

向かう先はカナリス提督の居る情報部の区画ではなく、一般区画である。



「・・・・・・率直に言って私はまだ迷っている」

会議室の質の悪い椅子に皆が腰掛け、最初に発された言葉には見た目以上の苦悩が込められていた。

その言葉を聞いた時、他の面々は少なからず驚きを受けた。

元居た世界でのクラウスの立ち振る舞いからは想像できない言葉だったからだ。

これまでに従事したツェルベルス作戦、北海追撃戦、リューベック陽動戦など困難を伴った任務を時に奇策を用いて敵を欺き、時に蛮勇とも言える行動で敵の意表を衝き最低限の損害で最大限の戦果を挙げてきた。

その策を披露するときのクラウスの声色は自信に満ち、それを聞く者に作戦遂行の自信と生還する希望を与えた。

今までの作戦が成功してきたのもクラウスの卓越した指揮だけではなく、全ての乗組員が抱くそうした要因にも因るところがある。

今回の事態にもクラウスは乗組員を奮い立たせ、希望を失わせない言葉を投げかけると考えていた。

・・・・・・しかし、その予想とは裏腹に絞り出すように口にされた言葉は希望を与える物ではなかった。



「・・・・・・諸君にも自分で導き出した考えがあると思う。我々は独逸軍人だ。直ぐに本国へと帰還し祖国の為の戦うべきだ、という考えもあるだろう。進んで同胞と戦いたいと思う者はこの場には居ないと信じている。私も出来るならば彼らとは戦いたくはない。だが、世界は違えど同胞と祖国が道を誤りつつあると知りながらそれに加担するのは正しいことなのか・・・・・・。諸君らの意見を聞きたい」

それはこの場に居る誰もが思っていたことだ。

軍人としてならば国に尽くす事が最も正しい行動である。

しかし、その行いが人として正しい行いか、とは別である。

進撃路を確保する為に中立国を蹂躙する、示威行動の贄として何の変哲もない街を灰燼へと帰す、国籍・船種を問わず無警告で撃沈する。

全ては戦局を優位に導く為の必要な手段として命令が下された。

クラウスはそれらの命令を尽く無視し、民間商船には必ず警告を与え非戦闘員の殺傷を固く禁じた。

これにはクラウスが幼少期より聞かされていた祖父、父の話が大きく影響している。

クラウスの家系は代々、軍人を輩出し祖父・父もまた軍人として国に仕えた。

祖父は騎兵を率いた陸軍将校として、父はクラウスと同じく海軍将校として艦艇を率いて幾多の戦場で戦い続けた。

そして、戦争によって生み出される武勇伝・英雄伝などの美徳と、同じく戦争によって生み出される悲劇・惨劇など醜悪な面、両方を見てきた。

そして二人は表の面だけではなく、裏の醜悪な面もクラウスに語り伝えた。

恐らくクラウスが軍人の道を歩む事を察していたのだろう。

軍人という職を誇りを持って続けられるように、そしてその誇りを失ってしまう事の無い様に軍人としての心構えをクラウスに教え込んだ。

クラウスが非道な行いに手を染めない様に、その場に居合わせてしまった時正しく決断できる様に願い。

その願いは叶いクラウスは今、悩み、躊躇している。


どれほどの時間が経過しただろうか。

一人の仕官が立ち上がる。

「そのままでいい、」

クラウスが席を勧めるがその男、「ドレスデン」副長、サウル・ロイツ大尉は席を立ち直立不動で口を開いた。

「司令、自分はこの世界の独逸に帰順するべきではないと考えます」

彼ははっきりとそう口にした。

しかし、その口調とは裏腹に顔色は蒼白になり血の気を失っている。

「このようなことを口にするのは軍人として在るまじき事ではありますが・・・・・・」

「かまわない。存分に言え」

伏せていた視線を上げ、クラウスを見据え言葉を続ける。

「それでは申し上げます。我々は独逸軍人であり、祖国に尽くすのが本分であります。そして祖国とは我々の世界の独逸をおいて他にはありえません」

ラウスは言い切る。

この世界の独逸は同胞ではないと、祖国ではないと断言した。

「この世界の列強は我々の世界の国よりも領土拡大の野心を強く持っています。この世界の独逸も例外では無いでしょう。もし、このままこの世界の独逸へ帰順すれば我々は身柄を拘束され、我々の世界の情報を全て喋らせられる事になるでしょう。そしてその情報を元に、この世界の独逸は我々の世界に侵出してくるのは間違いないと思われます」

この世界に迷い込み最初に遭遇したのがこの世界の独逸海軍である。

互いに独逸海軍旗を掲げていたが、向こうはこちらを友軍とは見なさずに警告を発し、こちらを拘束するべく問答無用で艦艇を差し向けてきた。

やむなく反撃したが今現在でも何かの手違いであって欲しいとクラウスを初め独立遊撃戦隊の将兵は願っていた。

だがその願いもラウスの次の言葉によって打ち砕かれた。

「そして我々の世界への道が開いた場合、我々の祖国を含め全ての国家がこちらの世界の独逸に征服されるでしょう」

一瞬室内が静まり返る。



暫くの沈黙の後、クラウスがつぶやく。

「・・・・・・超兵器か」

その言葉にラウスは頷く。

「現在でこそ我々の世界からしか移動できない状況ですが、こちら側の世界から移動可能になるのはそう時間が掛かる事ではないでしょう」

無論今日明日中などではありませんが、とラウスが取って付けたように言葉を加える。

だがその言葉は安堵をもたらさず、逆に絶望を誘った。

ラウスが言ったように現状では二つの世界を行き来する事は出来ず、この世界への一方通行のみが可能である。

だが、超兵器の研究が進み互いの世界を行き来できるようになる頃には超兵器も数もそれなりに揃えられ、超兵器自体も改良、発展している事だろう。

そしてそれが我々の世界に入り込めば・・・・・・。

最悪の光景が脳裏に浮かぶ。

ラウスはその光景を実現させない固い意志を言葉にする。

「我々の祖国を守るため、この世界の独逸を討つべきです」



この日、クラウス・・ハルトウィッグ大佐率いる独逸海軍第一独立特務艦隊は独逸海軍司令部より下された命令を一時凍結。

現状打開の為、第零遊撃部隊と名乗る抵抗組織にその身を預け、拡大し続ける超兵器の脅威と対峙する事となる。






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