新たなる旗
1941年3月28日 第零遊撃部隊 八番ドック
両肩にズタ袋を担ぎ走り回る音、資材を満載し疾駆するトラックの音、クレーンが吊るした鉄材を誘導する者の声、工具を取りに走る音、図面を見直し新たな指示を出す声、手にした工具を使い船に命を吹き込む音。
ここはそんな喧騒に満ちている。
その喧騒の中心には三隻の船が船台の上で各所から火花を散らしている。
第零遊撃部隊への参加を決めた次の日、『フレグランス』『ドレスデン』『バルクホルン』の三艦はドックへ入渠し、傷ついた船体の修理と砲塔、機銃座などの兵装とレーダー、通信設備など電装品の換装を行なっていた。
一部の兵装などは現在第零遊撃部隊で使用している物よりも高性能ではあったが弾薬、保守部品の調達が困難であることからほとんど全身の装備を取り替えることとなった。
艦設備のモジュール化によって短期間の改装を可能としていた三隻ではあったが、交換用のモジュールユニットなど用意されているはずも無く、一からの生産を待たねばならずその期間は早くとも約一ヶ月と見られている。
そして三隻の船は改装と調査を兼ねて、兵装の撤去作業が進められている。
『フレグランス』級に初めて搭載され、二度にわたる戦闘でその威力を披露した50口径15cm連装砲がクレーンで吊り上げられ、続いてその下から巨大な箱のような物体がクレーンによって吊り上げられて姿を表す。
今、吊り上げられているのが15cm砲塔直下にある弾薬庫、装薬庫、揚弾機などからなる弾火薬庫のモジュールユニットである。
他にも船体中央の甲板では魚雷発射管が周辺の甲板、下にある旋回盤ごと撤去されていたり、その前後にある二本の煙突も同じように煙突基部と甲板ごとクレーンで吊り上げられ撤去されていく。
二番、三番砲座の76口径88mm連装高角砲と船体各所の37mm連装機関砲、20mm四連装機銃も次々とクレーンで吊り上げられる。
兵装があらかた撤去されると次に艦橋トップのレーダー、マストに張り巡らされたアンテナ線、探照灯、そして被弾しめくり上がった鋼板の撤去が始まる。
船体のいたるところから火花が散り、傷ついた装甲が剥ぎ落とされていく。
乗艦が刻一刻と姿を変えていくその時、クラウスは与えられた部屋で書類と格闘を繰り広げていた。
「主砲が米国製のMk.12 12.7cm連装砲を4基、雷装が英国製Mk.\ 21インチ魚雷。機関砲はボフォース製40mmとラインメタル製20mm・・・・・・か」
クラウスは今、『フレグランス』に対して行われる改装計画の要綱を記した書類に目を通している。
目を通すのは改装計画の書類に留まらず、第零遊撃部隊で用いられている暗号符丁、補充される人員名簿、クラウスらが所属する部隊の通達文書、次期作戦に関する重要書類、etcetc・・・・・・。
文字通り山のような数の書類が執務机の上にうず高く積まれている。
副長のランドルト以下、『フレグランス』の幹部要員に加え僚艦の『ドレスデン』『バルクホルン』の幹部将校も関係書類の処理に追われている。
また、ここには居ないが他の乗員たちも多忙を極めていた。
これまで使用していた兵装、機関、機器を扱うこととなった者はその習熟に時間を費やしている。
続けて同じ物を使うことになった者は暇かというと、そういうわけでもない。
ある者は補充されてくる人員の指導に当たり、ある者はモジュールユニットの説明に引っ張られ誰しも忙しく動き回っていた。
補充される人員のリストに目を通し受領欄にサインを書き入れる。
今回、第零遊撃部隊から補充される人員は各科合わせて15名。
先の作戦で退艦した人員が20名を越えていることを考えクラウスは眉間に皺を寄せる。
次の書類に手を掛け・・・・・・るのを思い留まりおもむろに席を立つ。
窓が無いため気が付かなかったが書類確認を始めてからかなりの時間が経過していた。
「副長、少しドックへ行ってくる。何かあれば呼び出すように」
了解です、という言葉を背中越しに聞きながらドックへと足を進める。
アイスランドの地下深くでありながら施設内は張り巡らされた空調により温度管理が成され寒さは感じない。
極寒の地に居ながら上着を着ずに動き回れることに奇妙な感覚を抱きながら何個目かの連絡扉をくぐる。
最初にこの基地へ来たときにはまだ工事中だったエントランスエリアは既に完成し、エリア間を行き来する人が多く見られた。
多くの人間でごった返すその場を抜け、地下ドックへと繋がる隔壁の前に立つ。
警備に必要な言葉を話し二重隔壁を抜け、喧騒に満ちた地下ドック内へと足を踏み入れる。
『フレグランス』が入渠しているドックまで歩き、元の世界の出向時とは姿を変えつつある乗艦を見上げる。
兵装はモジュールごと外されているため至る所で艦の内部構造が曝け出されている。
そこへ数人の工員が取り付き写真を撮りつつ巻尺で計り寸法を取っている。
なんともなしにその光景を見つめる。
「こちらでしたか、ハルトウィッグ大佐」
どれくらいそうしていたのか。
気づけば防寒着を着込んだエリスがやや後ろから声を掛けてきた。
その顔に何ともいえない表情を浮かべながら。
「准尉、どうした?」
振り返りながら返事を返しつつ、自分が結構な時間その場に居たことに気づいた。
「カナリス提督がお呼びです。それとランドルト少佐もお呼びでした」
「提督がお呼びになったということは」
エリスからの言葉を聞き、心持緊張した表情でエリスに先を促す。
エリスもまた先ほどまで浮かべていた微妙な表情は消え、硬い表情で伝えるべき言葉を口にする。
「はい、次の作戦行動の事と思われます」
来るべきものが来たと気を引き締め、エリスに礼をいいその場を立ち去る。
足を踏み出すが10歩程したところで振り返り再び『フレグランス』を見上げる。
自分の決断が間違っているとは思わない。
部下も同様、祖国を守るためこちらの世界の戦火に飛び込むのも良しとした。
しかし、この『艦』はどうなのであろうか。
あずかり知らぬ世界に流れ着き、乗り込んだ人間の都合で同胞ともいえる存在と砲火を交わすことをこの艦はどう思うのであろうか。
視線を向けたのは一瞬、踵を返しクラウスはカナリスの待つ執務室へと足早に歩いていった。
この日、クラウス率いる『独逸海軍 第一特務艦隊』は『第零遊撃部隊 独立遊撃艦隊』へと名を変え第零遊撃部隊へ正式に配属された。
そして、初陣となる作戦を一ヶ月後に控え改修と補給が急がれることとなった。
尚、正式に第零遊撃部隊へ参加した事と、作戦行動に入ることから確認する書類の量が激増した。
ドックへ向かう前には書類は執務机の上に山のように積まれていたが、クラウスが執務部屋に戻った際には床にまで書類は侵食し文字通り部屋が書類で埋っている状態であった。
書類が部屋から消えるのには一週間を要したという。
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