エッセイ / 大人になっても

こういう大人を目指したい…!21世紀突入直後に執筆!がっくり。

今日は久しぶりに部下たちとの食事だ。妻には遅くなると伝えておいた。重要な取引も今日で一段落したことだし、たまにはこういうのもいいだろう。
「お前たち、何が食べたい」
後ろを歩く部下二人に聞いた。男子社員と女子社員だ。
「え、そんな、どこでも構いませんよ」
恐縮して言う女子社員を見てか、男子社員はわざとらしく言った。
「じゃあ、お寿司でも」
何言ってんの、などと女子社員はくすくす笑っている。緊張をほぐすために、わざと男子社員はそういったのだろう。思わず、私は新婚の頃のことを思い出していた。口元が緩む。
「わかった。じゃあ、ついて来い」

地下鉄の駅も過ぎ、大通りに入った。新年から車通りが多い。
「社長、ここって築地じゃないですか」
「ああ」
部下は顔を見合わせて首をかしげている。
「寿司、だろ?いい店を知っている」
「えっ、だって」
「築地、ですよ?」
驚いたように二人は言った。
「回ってたりしませんよ?」
「あたりまえでしょ!」
テンポのいい、二人の会話。また口元が緩んだ。
「気にするな。今日は私のおごりだ」
「え、だって」
「君たちの結婚祝いも兼ねさせてもらうよ」
私のその言葉で、二人は途端に頬を赤く染めた。
「それでいいだろう?」
そう聞くと、男子社員は未来の妻の肩を抱いた。
「はい。ありがとうございます」

のれんをくぐる。顔なじみの店長に挨拶してから、今日のおすすめを聞いた。
「そうですね。今日はいいマグロがあがってますよ」
「きゃあ、マグロ!」
女子社員が嬉しそうに叫んだ。それから、こちらをちらと見た。
「気にするな。好きなものを頼んでくれ」
「ほんとですか? じゃあ、あたし赤身!」
「お前、赤身はないだろ」男子社員はあきれたように言った。「じゃあ、僕は中トロ…いいんですか?」
私は笑いながら頷いた。店長も笑っている。
「社長さんは、どうします?」
「そうだな…」
少し考えた後、私は口を開いた。
「じゃあ、大トロ」
「あいよっ!」
威勢良く返事した店長の背中に、私は慌てて声をかけた。
「サビ抜きで」

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