エッセイ / さらば愛しき危険たちよ

カラオケで歌うと「あ、アレだね」と言われることで有名な(?)エッセイ。

思えば長い付き合いである。
六角レンチを回しながら、ふと思った。


その昔… そう、
まだパソコンにハードディスクが搭載されていない頃。
ウィンドウズが発売されていない頃。
CD-ROMドライブ標準搭載が売りになる頃。
FM-TOWNSというパソコンがあった。
富士通がお届けする、満を持してのパソコン。
なぜかそれが我が家にはあった。

とはいえその頃まだ小学生だった私、
やることといったらゲームくらいなもので。
おかげで信長の野望全大名クリアなんてやりかけてたりした。
答えを全て暗記して、数学学習用ソフトタイムアタックなんてやってた。
確か記録は47秒。中一クラスの問題だったが、大問にして7個くらいあったはずだが。

しかしそれも時代の波には逆らえず。
フロッピードライブ故障という(当時にしてみりゃ)重大な事故もあり、
使用頻度は見る見るうちに減っていった。
そして廃棄。
パソコンラックだけが、むなしく佇むことになった。
パソコンの跡を残しながら。


時は流れ、ウィンドウズと名のつくパソコンが部屋にやってきた。
また自分の使命を果たせる、と心躍らせるラック。
しかし、彼に17インチディスプレイは大きすぎたのだ。
彼はまた、主人のないまま月日を送ることになる。

その後彼には音響機器が置かれることになった。
ミキサーやプレイヤーを置かれながら、彼はそれなりに幸せだった。
こんな一生でもいいのかもしれない、
そんなことを思いながら、ほどほどに楽しく暮らしていた。

だが、彼にはひとつだけ気にかかることがあった。
あまりにも、今のパソコンの置き場所が悪いのだ。
キーボードもちゃんと打てないような位置。腰が悪くなっても仕方ないような。
自分に何かできればとも思ったが、それも叶わない。
せめて新しいラックを。自分がここからいなくなる前に。
それが、彼の望みだった。叶う日を待った。

そう、ひたすら待ち続けた。
一年か二年か―― とにかく長かったように思う。
ついに新しいラックはやってきた。
彼よりもはるかに安価。彼よりもはるかに有能。
彼は笑顔で新顔を受け入れた。そして覚悟を決めた。
新しいラックが来ればどうなるか――
そのことに、彼はとうに気付いていたのだ。
9年間暮らしたこの部屋との別離。
そして、
自分の人生の終焉。

差し込まれる六角レンチに抗いはしなかった。
中性洗剤まで使って磨かれながら、彼は喜びを感じていた。
9年間、どうもありがとう。
気付かれないように、彼はそっと涙を流した。


そのとき、電話が鳴った。

『もしもーし』
「うぃす。どしたー」
『パソコンラック買ったの?』
「買ったよー」
『じゃあさ、前のやつちょーだいっ』
「えっ?」

…今や粗大ゴミを出すにもお金がかかる時代。
それに、有効活用できるなら、活用しない手はない。
予想外の展開に戸惑いながらも、努めて明るく言った。

「ん、いーよ」


そんなわけで、彼は生涯を終えることなく、
そのまま友人に引き取られることになった。
車に積まれながら、新しい生活のことを考える。
この人の元で、今度はどんな風に暮らしていけるのだろうか――。
期待と不安が入り混じる。

「大丈夫。彼女なら、大切に扱ってくれるさ」

棚板に手を置きながら言われ、思わず目を見張った。
これは独り言なのか、それとも――。

新しい自分の居場所に運ばれながら、
彼は自分をずっと抱えている人物を見た。
そして、そっと一言。

「これから、よろしく。」

その声は車の騒音に掻き消されたのだが。
その人物が一瞬笑顔をみせたように見えたのは、きっと気のせいだろう。


というわけで、旧ラックは新しい生活を送ることになったわけで。
…まあ、ひとつ気になる点といえば、
友人宅の15インチディスプレイ入るかな、ということなんだけど。


*注
タイトル「さらば愛しき危険たちよ」ってのに深い意味はありません。
JUN SKY WALKER(S)にこういう曲があったなぁと。はい歌詞

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