小説 / 種
高校の校内新聞用に執筆。処女作クラスの古さよ。
道端に、種が落ちていた。
ここはひとつ植物栽培というのもいいかもしれないと、帰宅した後、マンションのベランダに主人がいないままおかれていたプランターに植えてみた。
何日かすると、黒い土から芽が顔をのぞかせた。
「あ、何か育ててるの?」
遊びに来た彼女は言った。
「うん」
「何の芽?」
「さあ? 拾った種だから、わからないんだ」
そう答えた僕を見上げ、彼女はにこっと笑った。
「らしいね、そういうとこ」
高校の入学試験のとき、彼女が落としたシャーペンを拾ってあげた。
確か、出会いはそんなありふれたようなことだ。
その後、高校に合格した僕たちは同じクラスになり、今に至る。
高校を卒業し、違う大学に進学した今も、時々会うようになっている。気づいたらこんな関係になっていた。
その種…というか芽というか…は、家賃の安いマンションにわずかながら降り注ぐ日の光を、小さな葉で一心に受けとめ続けた。
久しぶりに、彼女が泊まりに来た。
夕方ごろからずっと雨が降り続いていた。といっても激しい雨ではなく、どことなく柔らかみを帯びたような、そんな雨だった。だからだろうか、僕たちは、出会いの日を思い出していた。
そういえば、あのときも雨が降っていた。
「思い出すなぁ、昔のこと」
僕に寄りかかりながら、つぶやくように彼女は言った。
「でも、出会いがあれだもんね」
僕は彼女を見て、微笑んだ。
「出会いがあんな感じだからこそ、じゃないかな」
「どういうこと?」
水が溢れないように部屋の中に入れておいたプランターを見ながら、僕は答えた。
「幸せは、どこに落ちてるかわかんないってこと」
言って、彼女を抱き寄せた。
それは葉をつけ、花を咲かせた。目立たないが、落ち着いた感じの花だった。
そして、種ができた。僕と彼女で一粒づつわけ、残りは近くの空き地に蒔くことにした。
…そして、僕の手元には、また種が一粒残った。
種は芽を出し、葉をつけ、花を咲かせ、未来のためにまた種を残す。
この種は、またあの美しい花を咲かせることができるのだろうか。