小説 / ウェイターのいない喫茶店

クリスマスストーリー。当時(高2)の考え方ストレートに出てんなあ。

その店にはウェイターがいない。
ウェイターが必要なほどの客が来ないからだ。
今日も今日とて、客は一人だけ。
こげ茶色のロングコートを身にまとい、濃いコーヒーを口にする。わずかに表情が歪む。
「マスター」
不意に彼が呼びかけた。ともすれば独り言になりかねないその声は、しかし店中に響いた。
カウンターの向こうで、グラスを磨く手を止める。
「今年は降りませんね」
「え」
「雪」
しばらくいぶかしげな顔をしていたが、しかしマスターは突然笑い出した。戸惑う彼に、慌ててマスターは言う。
「すみません。実は私、先日雪が降った夢を見まして。それで、もう雪が降ったものだと」
はにかんだようなその笑顔に、彼はなんだか嬉しくなった。
グラスを戸棚においてから、マスターはまた口を開いた。
「でも、ですよ」
「はい?」
「たとえ夢だとしても、そこで雪が見られたのなら。
そして、誰かが同じ夢を見たのなら。
現実と、変わらないのかも知れませんね」
カップに残ったコーヒーはあとわずか。彼は腕にした時計を見た。
もうすぐ、日が変わる。

日ごろなかなか会えないから、せめてクリスマスくらいは。
去年はそう言って、二人でこの喫茶店で過ごした。
あれから、二人は会わなくなってしまった。
いつもなにかと相手のことを思っていたが、あるときにふとした拍子に感じた壁は、いつまでも壊すことが出来なかった。
会いたいと思っても、電話しようと思っても。そのたびにいつも、壁の存在を感じてしまうのだった。
一度も関わりを持てないまま季節を過ごし、あれから丸一年。
「実は今日は、誰と約束してるってわけでもないんです」
カップの底のわずかなコーヒーを見つめながら彼は言った。
「ただ、こうしてここにいれば、もしかしたら会えるんじゃないかって。勝手な話ですよね」
「そんなことないですよ」
自嘲気味に笑う彼を、マスターは制した。見ると、コーヒー豆を煎り出している。懐かしい香りがした。
「言ったでしょう」
そういえば、誰のためのコーヒーを入れようというのだろう。
「たとえ夢でも、誰かがそれと同じ夢を見たのなら」
そのとき、店の扉が開いた。聞きなれないその音の奥で、ちょうど十二時を告げる鐘の音がした。
彼は振り向いた。
「現実と、変わらないんですよ」
呟いたマスターは微笑み、新しい客のために濃いコーヒーの準備を始めた。

空には雲ひとつない。
雪が降らないなら、星を見ればいい。
今年は、いったいどんな日になるのか。
すべての人が、素敵なクリスマスを迎えられるように…。

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