その他 / 秋のテキストまつり「行ってみたい場所・国」

秋のテキストまつり出展作品。なんて強引な展開。

「あなたの部屋に行きたいの」と彼女は言った。
出会ってから六ヶ月、付き合ってからちょうど一ヶ月のことである。

「俺の部屋?」
「ええ」
「え、でも、汚いし、狭いし、女の子を呼べるようなところじゃ…」
「イヤ?」
「いや全然!」
思わず声を荒げてしまった。
「次の日曜日は空いてる?」
「え」
次の日曜日。その日はたしか…
「ああ、空いてるけど」
「じゃあ、お昼ごろ行くわ」
それだけ言って、彼女は席に戻った。次の授業尾開始を告げるチャイムが遠くで鳴った。

国語教師の声をBGMに、とりあえず手帳を取り出した。
買ったはいいが全く使っていないその手帳に、震える手をおさえながら、そっと予定を書いた。

日曜日。この一週間、永遠に続くと思われたくらい長く、しかし一瞬かと思われたくらい短かった。
前日から掃除しつづけたかいあって、なんとか見た目はそこそこ片付いた。その手の雑誌だとか、見られて困るようなものは全て隠したし、冷蔵庫には冷たいものも用意したし。
「次の日曜日は空いてる?」
彼女の声が頭の中でもう一度響いた。
言えなかったけど。「次の日曜日」は…今日は、うちには誰もいないんだよ。

思考を妨げるかのようにドアチャイムが鳴った。その機械的な音に、慌てて玄関へと走る。
「こんにちは」
白いブラウス黒のスカート。ふだんの制服姿と大差はないはずだが、初めて見る彼女の私服は目にまぶしかった。
「どうぞどうぞ、汚いとこだけど」
おじゃまします、とぺこんと頭を下げて、彼女は靴を脱いだ。少しヒールの高い茶のサンダル。学校じゃ見られない姿だ。

「アイスティでよかった?」
「ええ。紅茶、好きだから」
「よかった。淹れたわけじゃないけどね」
リプトンあたりに内心感謝しながら、ふたり向かい合って紅茶を飲んだ。汗をかいたグラスが指を湿らせる。カラン、と鳴る氷の音が、部屋中に響いているような気がした。
さて、これからどうするか…
「ねえ」
「ん?」
突然声をかけられた。
「お願いがあるんだけど」
「お願い?」
その響きに、緊張と期待が走る。
「え、なに、俺にできることならなんでも!」
「ちょっと、貸してほしいの」
「なにを?」


「印鑑」
「はっ?」


印鑑を手に取ると、彼女は黒皮のショルダーバッグから小さい紙を取り出し、そこに押した。
「え、あの、それ何?」
覗き込むと、その紙にはこう書いてあった。


『2年B組男子宅スタンプラリー』


「ありがとう。これであとは白石くんと武田くんだけだわ」
「えーと、その」
「何?」
「…スタンプ全部集めると、どーなるの」
「駅前の喫茶店でパフェおごってもらえるの」
はは、パフェね。彼女はまたアイスティを口にした。
カラン、という氷の音が、家中に響いた気がした。

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