その他 / 秋のテキストまつり「帰り道」

秋のテキストまつり出展作品。なんだこのラブラブっぷり。

香るキンモクセイ。
空舞うアキトンボ。
日差しはやわらかくふりかかり、日影は次の季節を予感させる。
いつの間にかやってきた秋は、いつの間にか街中に広がっていた。

それはキンモクセイのいたずらか、
はたまた秋の風の仕業か、
足の裏で感じるこの地面は、迷いこんだ別のどこかのように思えた。
きっとそれはこの世界には存在しない場所だ。ニホンという名の、どこか違う星に浮かぶちっぽけな島。

やわらかかった日差しが影をひそめ、ほのかに冷たい風が首元をなでる頃、
電車は乗り換えるはずの駅を越え、終点へとその身を走らせていた。
今日の帰り道は、いつもとは違う道だ。
見慣れない駅に電車が着いて、そこからさらに乗り換えの電車を待った。
時計を探そうと視線を泳がせたが、見つからなかった。前に並ぶ初老の男性が、終日禁煙と叫ぶアナウンスの下できつい煙草を吸った。
流れてきた煙に少しむせた。その時になってようやく、今日初めての現実を感じた。
ダイヤグラムを忠実に守るべく電車がホームに滑り込むと、男性は吸いかけの煙草を吐き捨てた。

駅前で彼女が待っていた。街頭が目立つ時刻を迎えた商店街に足を踏み入れると、電車電車と休み続きだった膝が渋い顔をしたが、はやく飯を食わせろという腹の訴えに、これもまた渋々従った。
ミネラルウォーターを飲んで喉を落ち着かせてから、フライパンも鍋もそのままのキッチンを横目に夕食を食べた。日に日に料理の腕が上がっている、と伝えると、彼女は照れながらグラスにミネラルウォーターを注いでくれた。

食事の後、買い物ついでに散歩をした。キンモクセイの香りが、今はもうしないはずなのにどこかから漂っている気がした。木陰で野良猫が休んでいた。どこから持ってきたか、そばには食べ物の残りかすがある。彼女が近寄ると野良猫は声を立てて大きなあくびをした。危機感がなさすぎる。
部屋に戻ったものの特に何をするというわけでもなく、時計のない部屋でふたり、時計のない部屋を楽しんだ。窓際で彼女が煙草を吸った。それが、煙草の苦手なこちらへの配慮であることに気付いて、一本を吸い終わるのを確認してから、そっと彼女のそばに寄ってキスをした。煙草のにおいが伝わってきて、そこで再び現実を感じた。
彼女をそっと胸に抱き寄せ、この存在を確かめた。

この現実には、彼女がいる。

窓の外から、遠い終電の音がした。

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