2007年名古屋国際女子マラソン参戦記


片倉 好子

『ハーフマラソンをインターバルなしで2回走った』


今回のマラソンがどんなだったかを表現するには、この一言に尽きる。
マラソンは苦しい。ハーフマラソンはその2/3くらいの苦しさだ。
2/3+2/3=4/3=約133%
この数字が示すように、いつものマラソンの133%の苦しさだったに違いない。


※5kmごとのスプリットタイムとラップタイムは以下の通り。

       5km  21:13
     10km  21:57    43:10
     15km  21:48  1:04:58
     20km  22:29  1:27:27
     25km  23:34  1:51:01
     30km  23:30  2:14:31
     35km  23:50  2:38:21
     40km  23:40  3:02:01
42.195km  10:05  3:12:06
126位  (出走222人  完走156人)


昨年果たせなかった18.4kmの関門突破は無事成功。
おめでとう!自分。これで第一目標は達成だ。
同じ目標を持った選手が大勢いたようで、関門である桜通大津交差点を右折すると沿道からは、「○○ちゃん、やったね!」の声が選手に向け飛び交う。
夢のようだ。ゲームで未知のエリアに進めた、というのとはわけが違う。めちゃくちゃ嬉しい。が、めちゃくちゃ苦しい。心臓と肺は口から飛び出しそうだし、腕、脚は付け根からちぎれそうだ。それにいつまでも喜びに浸ってはいられない。第2の目標である『3時間15分切って完走』を達成させなければ…。
まだゴールまでの半分も来ていないのに体がこんな状態であることを思うとかなり愕然とするが、そうは言っていられない。ここからがマラソンだ。走りながら体勢を建て直し、回復を待って再スタートする気持ちを持とう。
それまで同じ集団で走っていた選手たちは一気にばらけ、わたしと前の選手との差も徐々に離れて行く。その後しばらくは、少なくともわたしの周りでは集団が形成されなかった。関門での追い上げで皆リズムを崩してしまったのだろうか。


ようやく体が回復してきたのは25km。この5kmは23分34秒もかかってしまった。
気持ちを切り替えようとサングラスを外し、ランパンに引っ掛けた。(一流選手なら投げ捨てるところだが)
景色が明るくなり、気持ちも明るくなる。単独で走っていたが、ふと後ろからの集団に吸収された。
「なんとしてもこの集団の中にいよう」という前向きな気持ちになる。集団で走れば気持ちも楽だ。しかし、ともすれば集団ごとペースダウンし、誰もそれに気が付かないこともある。
29kmでそれを感じ、若干追い風だったこともあり、自分が前にでる。その後は抜きつ抜かれつを繰り返し、また、前を走る選手を抜いたりもし、しばらくは良い切磋琢磨ができた。
それでも31kmの登り坂になると、なぜかこの切磋琢磨の4〜5人が一丸となっていたのには笑ってしまう。
「みんなで登れば怖くない」という集団心理なんだろう。


31kmを過ぎるとマラソン特有の辛さが襲ってくる。集団はばらけ、それ以降再び形成されることはなかった。もはや皆、腕脚を動かすことが精一杯で、戦略を練る余裕はないのだ。
あと10km、このリズムをキープして走り切ろう、と思う。粘って粘って、ペースダウンを最小限に食い止めれば目標の3時間15分切りは可能だ。
時折、気分転換に腕をだらりと下げるなどはしたが、ここまで来ると、ただただ我慢我慢という気持ちだ。


35km直前、ランパンに引っ掛けていたサングラスが落ちた。
安物だが今まで苦楽を共にしてきた大切なサングラスだ。見捨てるわけにはいかない。
3~4m引き返し拾った。左手にしっかり握り、「これは何かの暗示?」と思う。
直後35kmを通過。2時間38分21秒。ん?意外に落ちてない。3時間14分切れるかも。
3時間15分を切れば国際マラソンの参加資格はキープできる。
思えばここ数年、マラソンで3時間14分代という記録が続いているのは、終盤で攻め
の姿勢になっていないからではないだろうか?ただ我慢するだけでは先は望めない。
単純な理屈だ。
そこからは欲を出して目標を3時間13分00秒に切り替えた。
急にえも知れぬ別の力が湧いてきた。あれ?まだ走れるじゃん。新しい目標を持つことで新しいエネルギーが湧いたのだ。ひとり、またひとりと、拾うように抜いて行ける。


40km通過。3時間02分01秒。
疲労で思考能力が低下しているとはいえ、残り2,195kmを9分59秒で走れば3時間12分00秒ということくらいは理解できる。よーし、狙おうじゃないの、3時間11分代。
必死の形相(間違いなく!)で走ったが、結果は僅かに及ばず、3時間12分06秒。
自己ベストの3時間05分59秒には遠く及ばないが大満足だ。


今回のマラソンは、局面ごとに展開を考えたのがうまくいったと思える。
そしてなにより学んだことは、攻める気持ちを最後まで持ち続けるということだ。
それと、サングラスに2度救われたのは偶然じゃない気がする…。



ph1. 問題の18.4km関門には前日から”競技中止”の標示がすでに設置されていた。
筆者、自らを戒めるためにわざわざ訪れて撮影。
レース当日も朝食前にジョギングで再度訪れ、闘争心を煽る。

ph2. マラソンゲート。すべてを出し切ってここに戻って来るのだ!