1. 東京国際女子マラソン当日

 

11月17日、東京国際女子マラソン当日の朝はとても寒い朝だった。

《当日の朝〜競技場に付くまで》

今回で4回目の出場になるけれど、前回までの3回は走るとかなり汗ばむ、どちらかと言えば暑さで体力を消耗するコンディションだったけど、今年はスタート時の気温11度とかなり肌寒く、ウェアもランパン、ランシャツ以外の人がかなりいたくらい。

当日の朝、起きてみると薄曇で、気温も低く、何となくテンションも上がらないまま、とにかく食べないと、と思い軽くパンなどを食べ、ストレッチをしてから、近くの鶴見川まで走りに行く。

前日の土曜日に走った時も故障箇所である左ふくらはぎの硬さがかなり気になり、何度もストレッチをし、入浴時にマッサージをしてもやはり気になり、重い気分のまま布団に入ったのだけど、当日の朝は少し硬さがやわらいだような気がし、軽くジョグをし、少しだけレースペースで走り、流しを三本やって、ストレッチをしてから、初の試みとして、入浴して、マッサージをする。

何となく、昨日までよりも良い感じになった気がした。

それからはかなり慌しく、おにぎり、パン、バナナなどを食べ、ウェアなどの確認をしているとあっという間に出る時間になる。

沢山の荷物を持って電車に乗って落ち着いてから、お気に入りの元気の出る音楽を聴いているうちに昨日電話をくれた友人の言葉を思い出す。

「ここまで来たら腹をくくって。悔いの無いように」

レース前の10月はとにかく好調で、おもしろいようにタイムも上がり、今までは考えられなかったようなペースで練習もできたりしていたのが、自分でも気がつかないうちに体力、筋力を消耗していたようで、10月の末に左ふくらはぎを故障してしまい、幸いアキレス腱等には異常は無かったものの、ジョグしてても痛く、11月に入ってからは、休養か、20〜30分のスロージョグしかできず、いくら調整の時期とは言えかなり焦っていた。

少しずつ回復してきたものの、ちゃんとした練習がほとんどできないまま、レースが近づき、三日前にいつもお世話になっているスポーツマッサージの先生のところで、マッサージと鍼をうっていただくが、最初にふくらはぎを見ていただくと、「これだけ硬いと三日後にフルマラソンはどうかと思いますね。」と言われてしまう。処置をしていただくと、かなり柔らかくなり、何とか走れる脚にしていただけたようで、もてば何とかなるかもしれませんね、という言い方に変わった。

かなりへこんだけど、自分の決心は意外に固く、「やっぱりベストを狙って走ります。」と先生には伝える。

 今回の東京国際は高橋尚子が出場すると宣言してから申込みが始まり、その高橋尚子効果なのか、始まって3日後くらいには定員の300人を超えたと聞き、資格を持っていながら切られた人が100人以上いたらしく、その中には私のごく親しい友人もいて、自分もとても走りたかったはずなのに、「トム、ばっちり応援するからね。トムなら目標達成できるよ。」と言ってくれた。

その友人は東京国際の二週間後に結婚式を挙げる予定で、最後に結婚前の苗字で出ると言っていたのに。

 それに、東京国際女子マラソンは私の初マラソンであり(残念ながらその時、収容車に捕まる)、その後の2回はそれぞれその年度のベストタイムを出しており、きついコースではあると思うけど、仲間は応援してくれるし、大好きなコースだったので、その思い入れのある東京国際のコースは何としてもベストを尽くして走りたかった。

 練習のことや、故障のことなどでアドバイスいただいていた信頼できる方からも、「今回は、次につなげるつもりで3時間を切るくらいの気持ちで走った方がいいのでは」とメールをいただいたけど、やっぱりそれはでは自分の気持ちが納得できなくて、その方にも生意気にも「自分のベストを尽くします。」と返信してしまう。

 そこまで思ってスタートラインに付くからには、前日友人の言ってくれたように、腹をくくろう。悔いは残したくない。

電車の中で音楽を聴いているうちに、何だかやれそうな気がしてきた。

やっぱり当初の設定ペース通り、5K 19:30のペースで入ろう、そう決心した。

 

《国立競技場でスタートを待つ》

 国立競技場に着いてみると、もうスペシャルドリンクの受付前はかなりの人がおり、始まるんだという雰囲気になってくる。

前日色々な思いを込めて作ったスペシャルを預けると、もう11時のコールまでは暇な時間となる。

 

 ちなみにスペシャルドリンクの中身は下記です。

   5K   アミノサプリ

  10K   クエン酸

  15K   生茶

  20K   ヴァーム

  25K   トップテン(アミノサプリで薄める)

  30K   生茶

  35K   グリコーゲンリキッド

  40K   アミノサプリ

 

 更衣室に行くともうかなりの人がいて、わさわさした雰囲気だ。いつも思うけど、何だかここにいる人たちはやけに気を放つ人たちでとても高揚した、でもリラックスした空気が流れている。

場所を見つけて落ち着くと、沢山持ってきた食料の中からおにぎりを選び食べることにする。とにかく、皆更衣室では皆食べることと脚に何か塗ることに必死だけど、男子マラソンの場合は皆こんなに食べるものなのだろうか。

 前日5食くらい食事をとり、その間に間食もし、朝も沢山食べたのにまだ入るのには自分でもあきれるほどだった。

 人が出たり入ったりして、仲間や大会等で知り合った人と話したり、食べたりしているうちに沢山あると思われた時間が刻々と過ぎていく。

 仲間の青梅若草RRCチームの友人が今年もビデオを撮ってくれるとのことで、少しお話した。スタート・ゴールと品川で撮ってくれるとのこと、ぜひゴールも撮ってもらえるよう頑張って帰ってきたいと思う。本当にありがたい。

 不忍池ACの鈴木愛子さんと少しお話し、故障のことをご存知の愛子さんは「故障しているからと言って変に抑えた走りをしない方がいい。」と言ってくださる。気持ちが楽になった。

 アップを始めてみると、故障箇所は気にならず、脚も軽い。流しをしても良い感じだった。ただ、アキレス腱のストレッチをすると、やはり左の方が伸びない。それと、昨日から右脚の坐骨神経痛になるとここが痛いといわれる場所が気になっていた。

でも、もうそのことは忘れるしかない。

 ウェアとナンバーのチェックも済み、11:50くらいに競技場のスタートライン近くの自分のナンバーの位置に並ぶ。

段々とスタート前の緊張した気分になってきて、近くにいる人を見ると、前に並んで走ったことのある人などがいたりして、皆それぞれ頑張ってきたのだなと思ったりする。

左隣は松田千枝さんで、(昨年は松田さんに付いていかせていただいたおかげで、自己新記録を大幅更新できた)少しお話し、故障した箇所が気になるという私の言葉に「リラックスして走れば、筋肉も柔らかくなり、痛くならないと思いますよ。」と言っていただく。

 スタートラインに付くと、やるぞという気持ちになってきて、皆いっせいに時計に手をやり、集中し前を見る。

国際大会のスタートラインに付く時というのは私にとって大好きな瞬間であり、今まで感じたマイナス要因などもここで全てふっとぶ気がする。

《とうとうスタート》

 号砲がなると、止まっていた時が動き出し、ブラスバンドの音楽と競技場の声援とアナウンスの声の中、晴れがましい気持ちでトラックを二周半し、競技場を後にする。

 外を出て、しばらく走っても脚は軽かった。気温は低いけれどもそれ程気にならず、ペースに気をつけ快調に脚を進める。

 割と早く集団はばらけ、前を見るとかなり縦長な感じでぱらぱらとつながっている。

あまり、おおきな集団は無いような感じで、私の走っている位置もこれという集団は無かった。一人、私の右後ろを付いてくる人がいて、ゼッケンを見るとそれほど早い番号ではないようだ。他に人もいないし、しばらくいっしょに走ることにする。

 最初の5Kは19:32。設定ペース通りだった。このままこのままと自分に言い聞かす。昨年はすぐにちょうど良い集団を見つけたけど、今年は特に見つからないので、とにかく自分のペースで行くしかないと思いながら走っていくと10キロ手前くらいで4,5人くらいの集団に追いつき、その中にアトミクラブ練習会で時々いっしょになる福地さんを見つける。ペース的にもそれほど速すぎず、良いペースのようなのでしばらくこの集団に付いていくことにする。

15キロは58:16で10〜15キロは19:28。ここまでは設定ペース通りで、呼吸も楽で、脚も軽くまだまだ余裕があった。

15キロを過ぎると福地さんはペースを上げ始め、小集団から抜け出そうとしていた。

福地さんには10月の高島平の20キロでは勝っているけれど、彼女はマラソンはベテランで今年の名古屋も2:45で走っていて、今回の東京も45分か、もしかしたらそれよりも速いタイムで走るのは確実で、目標にするには良い人なのだが、これ以上ペースを上げられたら今の私には付いていく自信は無かった。残念だけど、見送ることにする。

後から聞くと、福地さんは私の気配に気づき、自分のペースが遅いので上げれば私も付いてくるだろうと思って上げたと話してくれ、とても残念なことをしたと思ったけれど、しょうがなかった。

 集団はばらけてきて、ここらあたりから一人旅が始まる。

一人で走ってはいたけれど、今回は本当に沢山の仲間が応援に来てくれて、この寒い中声を張り上げて応援してくれて、切れ目無く仲間から声をかけていただき、ランナーだけではなく、親や、又会社の上司が二人応援に来てくれたり、沿道の人たちからも沢山声をかけていただき 力をいただきながら走れ、一人旅でも心細くはあまり無かった気がする。

 故障した脚は奇跡のように大丈夫で、脚は軽く快調だったものの、10数キロ過ぎからいつも豆のできる左足の底に豆ができたのがわかり、どうか破れないでくれと思ったものの、やはり折り返しを過ぎると破れたのが判り、段々と傷み始めてきた。

ただ、故障した箇所が全く大丈夫だったのが、本当にありがたく、豆くらいは全然耐えられると思えたのだけど、一人旅になったせいなのか、ハーフ過ぎから徐々にペースが落ちてきた。呼吸は楽だったのだが、そのうちに一足ごとに足底の豆の皮が動くのがわかり、なるべく足を真上から着地させるように試みた。(走り終えた後、豆の出来た左足はシューズの上部まで血が滲み、靴下は血まみれでした。)

その左足底の豆を庇ったのか、今度は右のふくらはぎが硬くなり始め、徐々に痛み出してきてはいたけれど、それでも、25から30キロくらいまでは比較的楽に走れ、ガス欠になることもなく、終盤に必ず来る、苦しみがまだやって来ないようだった。

 30キロ通過が1:58:57(25〜30キロが20:46)とペースは落ちてはいたけれど、それ程絶望的では無いようだった。

 でも、徐々に苦しみはやってきて、少しずつペースが落ち、左の豆の痛みと、故障した足と反対の右ふくらはぎの痛みに気を付けながら走り、このまま落ちるとどんどんタイムをロスすると気づき、脚と呼吸にまだ余裕があるようだったので、思い切って少しペースを上げる試みをする。すると35キロ過ぎの登りで右のかかとが急激に痛む。これはまずいとペースを戻すと、傷みは落ち着いたのでしばらくそのまま走る。

しばらくして、ラスト3キロの表示が出ていたので時計を見ると、2:37:50くらいだったので、ここでやっと50分を切る為にはラスト3キロをキロ4分で走らないとならないと気づくことになる。

ここまで来たからには当初の目標だった、2時間50分切りを何としても達成したい。

ここからは本当に必死だった。多分、仲間もどこかで応援してくれたと思うけど、本当に申し訳ないけど全く沿道を見る余裕が無く、人々の声も判別出来なくなっていた。

ここらあたりは記憶が曖昧で夢の中のようでした。

ラスト2K,ラスト1Kとタイムをチェックし、それぞれぎりぎりでキロ4分ペースで走っていることがわかり、何とか競技場にたどり着き、最後は自分なりにラストスパートし、前後に人がいなくて、トラックを回っている時にアナウンスしてもらい、ぎりぎり40分台の2時間49分50秒でゴール。

《何とか目標達成!》

 ゴールした瞬間は本当にほっとしたというのが実感でした。

 一時は完走できるのかどうかとさえ思ったのに、無事完走でき、自己ベストも達成でき、目標にしていた2時間50分を切ることもぎりぎり達成でき、今の自分としては出来る限りのことはしたと思えました。

 もちろん、課題は沢山あり、フルマラソンの走り方もまだ良く判っていない事も判ったし、10月に出した5000の自己ベスト17:04からすると、プラス3分もかかっており、それを考えるとまだまだ甘いというか情けないと思うけど、この大会が最後の大会という訳ではなく、今の自分のベストを尽くせたと思えたこと、ベストは尽くしたけど、まだまだやれると思えたことは自分にとってはプラスだったと思いたい。

 それから、三年前に初マラソンでこの東京のコースを走った時には想像もしなかった2時間40分台で走りきることができるようになったのも、本当に色々な素晴らしい出会いがあり、その出会った仲間から応援していただき、一緒に練習していただき、色々なアドバイスをもらったり、励ましてもらったり、仲間の頑張りから力をもらったりできたからこそ、今の私がいるのだと思う。

 東京国際を走るといつも思うのは、今走っているのは私だけでは無いということで、沢山の人から応援してもらい、励ましてもらいながら走ると不思議と自分を信じることができ、故障していても痛く無かったり、思わぬ力が出てきたりと不思議な発見がある。

 心から仲間にありがとうと言いたいと思います。

 そして、最後になりましたが、このような機会を与えてくださった臼井さん、どうもありがとうございました。

ペース走等練習にも何度もお付き合いいただきましてありがとうございました。

これからもよろしくお願いします。

 

以上長くなってしまいましたが、東京国際マラソンの参戦記を読んで下さってありがとうございました。

 

 

《2002東京国際女子マラソンラップ》

5km      19:32

10km     38:48 (19:16)

15km     58:16 (19:28)

20km    1:17:57 (19:41)

中間点   1:22:18

25km    1:38:11 (20:14)

30km    1:58:57 (20:46)

35km    2:19:38 (20:41)

40km    2:41:01 (21:23)

42.195km  2:49:50 (8:49)