07’11’10
息子、娘と使った古いベッドがあいているので、それを使うことにした。
安物の古いベッドは、マットも擦り切れ、寝返りを打つと、きしむ。 「きしむベッド」も小説に登場すれば、それなりの雰囲気をかもし出すのだろうが、実生活ではいただけない。 ただ、布団の上げ下ろしの手間からは開放され、起き上がるときのふらつきもなくなった。 「あのボロを使ってるんだ」と息子は言った。
一生懸命働いてきて、こんなボロに寝なくてもいいか、と思うようになり、ベッドを買う予定で、ボロのマットを処分した。 フレームはばらして、切って「燃えるごみ」にと思ったのだ。
ここで、私の私たる所以の事態となった。 一応使えるものを燃してしまうこともないかな、と考えたのである。
買いに行くおみこしもなかなか上がらず、とりあえず、と思った代用マットレスのまま日が過ぎてしまったのである。 幸か不幸か、ベッドの上では腰も前ほど痛くはならなかった。 残り少ない人生なのだから、買うなら早くとは思うものの、時間の過ぎるのは早い。
とにかく、お正月は新しいベッドで迎えようと、やっと出かけたのが11月に入ってからだった。 枕元にちょっとした小物の置ける台があって、下に引き出しがついているもの、と言う基準で選んだら、迷うこともなく決まった。
マットはスプリングが連結している、硬めのものと、連結していない軟らかめのものとがあって、軟らかめのほうが体にフィットして寝心地が良いかもしれないと、女性店員の説明だった。
私は布団が好きで、布団を敷くつもりなので、硬めの方にした。 もっと歳を重ねて、布団干しが大変になったらパッドにするつもりだが、今は日向の匂いのするほかほか布団の魅力を捨てられない。 配達は10日後になると言う。 設置までしてくれるというから助かる。
出たついでにと、いくつかの買い物を済ませた帰りの車の中で、なんだか頭が痛くなった。 締め切った部屋の中で、何かアレルギー物質を吸い込んだのかな、と思った。 「くも膜下出血」は頭が痛くなるというけれど、それほどではないかと思いながら帰ってきた。
ここで死んでは、新しいベッドに寝られない。 「せっかく買ったのに」と言いながら、「死んだ私」を新しいベッドに寝かせる息子を想像したらおかしくなった。
新しいベッドも同じ場所に、同じ向きで置くことにしよう。 後々のことを考えているわけではないのだが、私のベッドは、「北枕」である。 科学的にも立証されると聞いたこともあるのだが、南枕や、東枕で寝ていたときよりもはるかに安眠できるのである。 「真北」ではないから、と言うのを、「言い訳」にしている。
家に帰り、片付けをしていたら、頭痛も忘れてしまっていた。 新しいベッドを長く使えるように健康に気をつけて、と言うのもおかしいが、さりとて、「寝たきり」になる予定は今のところ無い。
何はともあれ、10日後が楽しみである。