羽村ハイキングクラブ恒例の七福神巡りで調布に行ったときのことである。三年前のことだ。
途中、せっかくの機会だからと、武者小路実篤記念館にも立ち寄った。六十五歳以上は無料だと言う。総勢十八名のうち五名が該当者で、私もその少し前に仲間入りをしていた。いつも財布の中に入れてある古い運転免許証が思いがけず役に立った。年を重ね、出先で具合でも悪くなった時に、何処の誰かくらいは分かるようにと持ち歩いているものだ。年齢を証明するものを持ち合わせていない人も、「信用します」ということで入館し、業績の数々をしのばせる展示物をゆっくり見学した。
美術館など、高齢者割引をしてくれるところは多いが、その恩恵に浴したのは初めてだった。遂に私もそんな年になったのだと感じていた。 六十五歳以上で運転免許証を返納する人が急増しているとの新聞記事を見たのもそのころだ。私の場合は、病院と縁の切れない娘のためにも車は必要だけれど、もう遠出をすることもないだろうから、小さい車に替えようかと思っていた矢先だった。
考えてみれば、白内障の手術に踏み切ったのも、毛染めをやめて自然の白髪にしたのも、家の中の整理に手をつけたのも、六十五歳になる前後のことだ。六十五歳という年齢を、無意識のうちに「人生における一つのの分岐点」として私は捉えていたのかもしれない。
「若い者には負けない」といきまく老人がいる。私自身も極めて健康だが、体力面でも、気力面でも衰えてきていることは否めない。この事実を素直に受け入れて、変に突っ張らず、自然体で生きていく道を選ぼうと思っている。
この年の七福神巡りは、はからずも老後の人生について考える機会を与えてくれたようだった。