07’4’27
玉川上水に沿って走る幹線道路が奥多摩街道である。 二十年ほど前に「新奥多摩街道」が東側に開通したが、信号が多すぎるのか、相変わらず奥多摩街道を利用する車も多く、狭い道を大型ダンプが行きかう。
玉川上水の桜もきれいだが、こちらには露天が並び、朝からの席取りもあって、「花より団子」の人たちも多い。 一方、堰から百メートルほど上流にある大正土手の桜並木は、枝が低いので、花も良く見え、目前に広がる河原の風景も気持ちがよいので、この土手を散歩する人も多い。
堰から、この大正土手に行くには、いったん奥多摩街道を歩道のある側に渡り、少し歩いて水道局前でまた奥多摩街道を渡り返して川沿いの道に入らなくてはならない。 これが結構面倒なので、歩道のない側を歩く人も多く、危険極まりない。 この付近はひところは事故多発地帯だった。
そこで、玉川上水の第一水門の上を通らせて欲しいという要望が出てくることになる。 この水門の上を通れば、危険な奥多摩街道を通らずに、大正土手に出られるし、堰を見学してから関東最大級と言われているチューリップ畑に行くにも安全なのである。 水道局が「ウン」と言わないのだろうが、最近は要望に多少妥協したようで、期日限定の土日に限り、通れるようになった。
「水に落ちられても・・・」との配慮なのだろう、その日は、厳重に両サイドを網で囲ってある。 「あんなに囲わなくたって落ちっこないよね」と近所の人は笑う。
何しろ、四十年前は自由に通れた場所なのである。 我が家の大変ないたずら坊主にも、そこではらはらさせられたことはなかった。
昔の子供と違って、いまどきの子供は、危険に対する認識が甘いのかもしれないが、本能的に危険な場所では気をつけるものではないのだろうか。
「今日は通れる日」と思っても、うっかり忘れていることが多いのだが、今年の「チューリップまつり」期間中の日曜日に、カメラを持って行って見た。 多摩川のちょっと違う風景を見たいと思ったのだが、緑色の網が邪魔だった。
普段は閉められている入り口が開いていたので入っていったら、係りの人が来て、十時からだと言う。 「水道局に叱られるので、すいません」とのこと。
近所の住人は、奥多摩街道を挟んで、堰の前にある水道局の敷地内を通り抜けて、駅へ近道をするのが、長年の習慣だった。 私も奥多摩街道は渡るだけで、歩かずに済んでいた。
ところが最近は、水道局の出口にも扉がつけられ、なんとなく通りにくくなったので、私は奥多摩街道を歩くことにした。 近所の人たちは、「また閉めておけば平気だ」と言うが・・・。
水門上を通らせて事故でもあれば、それは水道局の責任になり、奥多摩街道で交通事故に遭うのは「自己責任」だからな・・・と、私が思うようになったのは、少々不便になったことへの腹いせかもしれない。
あれも駄目、これも駄目という世の中になってしまったが、それには、なんでも事が起きれば相手が悪いとする風潮が大きく関係しているのだろう。
第一水門の上が自由に通れれば、私の散歩道の危険が一つ減ることになるのだが、今の様子ではその日は当分来そうもない。
「どうぞ、自由に近道をしてください」 「気をつけて水門の上を通ってね」と言った時代が、まことに懐かしく思われることである。