08’5’24
その日も私はいつもの通り、新宿駅から「青梅特快」に乗るつもりで、「快速高尾行き」を見送った。 途中の、三鷹駅で次に来る青梅特快が追い越すのだ。
「青梅特快」は、立川から青梅線に入り、乗り換えなしで羽村まで行けるので、私にとってはもちろん、青梅線利用者にはありがたい電車なのである。 一時間に一本くらいしかないのが難点だが、新宿駅でも直前の高尾行きを見送る人がかなりいた。 この人たちは青梅特快が前の電車を追い越す駅よりも遠くまで乗る人たちか、青梅線の利用者と思われる。
便利な電車には違いないのだが、始発の東京駅で、すでに「待って乗る」人たちがいるので、新宿から乗る私が座れることはまずない。 特別快速で、止まる駅も少ないから、その分早いのだけれど、席のあくことも少ない。
しかし、新宿から羽村までの約一時間は、私には貴重な読書タイムである。 揺れる電車の中で本を出したりメガネをかけたりは、けっこうたいへんなので、電車の来る前に、メガネをかけ、本も出しておく。 乗り込んだらなるべく奥に進み、網棚にバッグを上げればすぐに読み出せると言う寸法である。
青梅特快がホームに入って来て、大勢の人が降り、待っていた人々が整然と乗り込む。 私も予定通りバッグを網棚に上げた。 そのときである。 前に座っていたお嬢さんが、「どうぞ」と席を譲ってくれたのである。 「大丈夫ですから・・・」と一度は辞退したが、重ねて「どうぞ」と言われるので、ありがたく座らせていただいた。
一時間程度立っていることは、さほど苦になることではないのだが、座れば本を読むのにも楽なことは言うまでもない。
席を譲られるのは本当に珍しいことである。 気を使わせるのがいやなので、さっさと荷物を網棚に上げて、シャンとしていることにしているのだが、「疲れたおばぁさん」に見えたのかもしれないし、特にやさしいお嬢さんだったのかもしれない。
中野を過ぎ、三鷹を過ぎても、このお嬢さんの降りないのが気になって、「どちらまで行かれるのですか」と尋ねると、「中神まで・・・」との返事。 「私は羽村までだから、申し訳ない・・・」と言うと、笑いながら「大丈夫です」と。
「中神」は、私の降りる羽村より五つ手前の駅で、十五分くらい近いだけである。 でも、次の駅で隣の席が空き、彼女が座ってくれたので、私もなんとなく安心した。
若い人らしく携帯をまさぐっていたようだったが、気がついたら、向こう側の人にもたれるようにして眠っていた。 疲れていたらしいのに、かわいそうなことをしたかなと思った。
立川から青梅線に入ると車内も次第にすいてきた。 やがて、中神に着いたのに、隣の彼女は寝入っている。 一瞬躊躇したが、「中神ですよ」と声をかけた。 飛び起きるように立ち上がった彼女はドアに向かった。 そこでパッと振り返り、大きな声で「ありがとうございました」と言って降りて行った。
おかしかったのは、途中から乗ってきた高校生たちが、なんとも不思議そうに、顔を見合わせていたことだった。 確かに「何で隣の人が下りる駅を知っていたのか」と言うことだろう。
お礼を言うべきは私の方だったのだが、なんとなく「おあいこ」になったような気もしていた。
(2) 四 十 雀
台所に入ったら目の前を横切って飛ぶ鳥がいた。 雀か、と思ったが、戸棚の上に止まるのを見たら四十雀だった。 小さな窓が開いていたので、そこから入ってきたのだろう。 まだ胸の「ネクタイ」の色も薄い雛だ。 外へ出て行けるように台所の戸も開けてやり、廊下から玄関の戸まで開けてやったのに、ばたばた飛び回っているばかりで一向に出て行かない。 開いている窓の上にとまっているのに出て行かない。
「記念撮影でもしよう」とカメラを持ち出した。 ズームで大きくしてみると、口を開けている。 ハァハァしているらしい。 巣立ったばかりで、とんでもないところに飛び込んでしまい、気が動転しているといったところらしい。
やがて、外で親が盛んに鳴くようになった。 呼んでいるのだ。 親の声に応えるように台所の雛も鳴くが、出ては行かない。 入ってきたのだから出て行けそうなものなのにと思う。 親の声が次第に近くなる。 雛も盛んに鳴く。 親がすぐ近くで鳴くようになって、雛は、入ってきたと思われる窓からやっと飛んでいった。 そして、親の鳴き声もぱったりとやんだ。
以前、巣立ったばかりの四十雀の雛が何羽も垣根の間を動いているので、そっと手を出したら、一羽が手に乗ってきたことがあった。 そのときに、「こんなに無警戒な雛をたくさん連れて、親も難儀なことだなぁ」と思ったものだ。 今回も、雛が出て行かなければ、親は中まで迎えに来たかもしれない。
小鳥にとっても、子育ては大変なことだろう。 それにしても、親とはたいしたものである。