ゴ キ ブ リ 騒 動

08’1’7
 お正月のことだ。 夕飯を終えたころ、中二の孫が窓のほうを指差しながら、隣の兄に何か小声で言っている。 兄も妹の指差すほうをじっと見ている。 母親が「虫がいるの?」と聞いている。 窓の真ん中の鍵のあたりで何かが動いている。 窓際にいた父親が、「ゴキブリだ」と叫んだ。
 「薬を持ってくるから・・・」と私は立ち上がる。 スプレーを片手に、「下にあるものにかかるからどかして」と言う。 「下に落ちるよ」と、父親、つまり私の息子が言う。 「下に落ちたら取ってよ」と答える。 「だめだよ」と。
 「袋で取れば」と娘が言う。 “お年賀”の入っていたビニールの手提げがそばにあった。 それを手にはめて私はひょいとつまんだ。 大きな“チャバネゴキブリ”だった。 「外から飛んでくるヤツだ」と息子が言う。 「押し入れにいるのかも」と私。
 この時期に外から飛んでくるわけはないし、古い我が家では、暑い時期に時々出没するおなじみさんだ。 夏ではとてもこんなのんびりムードでは捕まえられないが、動きが鈍い時期だからこそ、いとも簡単に捕まえられたのだ。 みんなで鍋を囲んだあとで、部屋もすっかり暖かくなっていたから、何を間違えたのか、のこのこと出てきたものと見える。

 気がつけば、この騒ぎの中で、母親は部屋を飛び出し、廊下から顔半分を出して成り行きをうかがい、父親は少し離れた位置から眺めており、娘と孫二人はコタツの中で冷静に見守っていた。 どうやら、奮闘したのはおばぁちゃん一人だったらしい。
 「ゴキブリごときに何よ。 平気で芋虫をつまんでいたじゃないの」と私は息子に言った。

 子供のころ、蛙の瓶詰めを食卓の上におき、手のひらにイモリをのせてえさを食べさせていた息子である。 死んだ青大将を一結びしてぶら下げて帰って来たこともあった剛の者である。 「ゴキブリだけはだめなんだよ」とは情けない。  好きと言う人もあるまいが、太古の昔からこの地球上に生きている、いわば大先輩だ。 とは言え、夏はこの先輩相手に殺生を繰り返す私である。  

 二男夫婦はそろってゴキブリが大の苦手なのだそうだ。 「結婚して最初の喧嘩がゴキブリだった」と笑っていた。 「男ならとってよ。 羽村育ちなら取れるでしょ。」 「羽村も福生も同じだろ。」という具合だったらしい。 確かに、羽村も福生も大差ない田舎である。
 羽村に来てからはじめて見る虫も多かった私が、ゴキブリ捕獲作戦を一手に引き受けるのもおかしな話である。 
 亡夫は飛んでいるハエでもぱっと捕まえる技の持ち主であったから、私は虫で苦労したこともなかったし、虫好きの息子にすっかり訓練されてしまって、たいていのことには驚かなくなっていた。 それなのに、その息子が長ずるに及んで、ゴキブリで騒ぐとは信じがたいことである。

 それにしても、ゴキブリで喧嘩している夫婦とは、なんとも平和な話である。 今の家にはゴキブリは出ないということだが、ゴキブリのしたたかさを思うと、あるいは、知らないだけなのかもしれない。
 そのうちには孫が始末してくれるようになるだろう。 それとも親譲りで、一家四人、逃げ惑うことになるのだろうか。 その様子を想像すると笑える。

 どうあろうとも、私は息子の家にまでゴキブリ退治に出張する気はまったくない。

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