08’1’7
気がつけば、この騒ぎの中で、母親は部屋を飛び出し、廊下から顔半分を出して成り行きをうかがい、父親は少し離れた位置から眺めており、娘と孫二人はコタツの中で冷静に見守っていた。 どうやら、奮闘したのはおばぁちゃん一人だったらしい。
「ゴキブリごときに何よ。 平気で芋虫をつまんでいたじゃないの」と私は息子に言った。
子供のころ、蛙の瓶詰めを食卓の上におき、手のひらにイモリをのせてえさを食べさせていた息子である。 死んだ青大将を一結びしてぶら下げて帰って来たこともあった剛の者である。 「ゴキブリだけはだめなんだよ」とは情けない。 好きと言う人もあるまいが、太古の昔からこの地球上に生きている、いわば大先輩だ。 とは言え、夏はこの先輩相手に殺生を繰り返す私である。
二男夫婦はそろってゴキブリが大の苦手なのだそうだ。 「結婚して最初の喧嘩がゴキブリだった」と笑っていた。 「男ならとってよ。 羽村育ちなら取れるでしょ。」 「羽村も福生も同じだろ。」という具合だったらしい。 確かに、羽村も福生も大差ない田舎である。
羽村に来てからはじめて見る虫も多かった私が、ゴキブリ捕獲作戦を一手に引き受けるのもおかしな話である。
亡夫は飛んでいるハエでもぱっと捕まえる技の持ち主であったから、私は虫で苦労したこともなかったし、虫好きの息子にすっかり訓練されてしまって、たいていのことには驚かなくなっていた。 それなのに、その息子が長ずるに及んで、ゴキブリで騒ぐとは信じがたいことである。
それにしても、ゴキブリで喧嘩している夫婦とは、なんとも平和な話である。 今の家にはゴキブリは出ないということだが、ゴキブリのしたたかさを思うと、あるいは、知らないだけなのかもしれない。
そのうちには孫が始末してくれるようになるだろう。 それとも親譲りで、一家四人、逃げ惑うことになるのだろうか。 その様子を想像すると笑える。
どうあろうとも、私は息子の家にまでゴキブリ退治に出張する気はまったくない。