鳳凰シャジン


03’8’11
 
 数年前、南アルプスの鳳凰三山を縦走したとき、私は『鳳凰シャジン』が見られると期待していた。個体数が少ないとは言っても、鳳凰シャジンの故郷に行くわけなのだからと。
 花は多かったが、お目当ての鳳凰シャジンを見かけぬまま、山小屋に着いた。そこには主人丹精の花が咲き競い、何と鳳凰シャジンも植えられていた。しかし、それはやはり「人の手になる美しさ」に思えた。
 翌日、「地蔵岳へは、ずっとお花畑ですよ」という主人の言葉どおり、あるわ、あるわ、高嶺ビランジ、深山シャジン、タイツリオウギ・・・。だが、鳳凰シャジンはなかった。
「山のアルバム」”山と花”にも一枚あります

 そして、地蔵岳から観音岳へ向かう道だった。白っぽい岩の隙間からふんわりと、紫色の花は垂れ下がっていた。それはまことに可憐な姿だった。花つきもよく、期待にたがわぬすがすがしさだった。その後二回も出会え、満ち足りた気持ちで山を下りた。 
 帰宅後、山野草の好きな義姉にこの感激を伝えたところ、「私も鳳凰シャジンを買ったのよ」と言う。彼女は鉢植えを買っては楽しんでいる人だ。二千円だったと言うその鉢植えは、私が見てきたものと同じ山草とはとても思えない貧相な代物だった。「私は正真正銘の本物を見てきたのだ」と改めて思い、嬉しかった。
 あれ以来、義姉の鳳凰シャジンが咲いたと言う話は一度も聞いていない。しかし、あの地蔵岳の鳳凰シャジンは今年も優しい花をつけて、登山者の目を楽しませているに違いない。             

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