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そしてこの四月から始まった朝ドラ「おひさま」の舞台も安曇野と松本だと言う。 安曇野の風景として、風にそよぐ広大なそば畑が先ず登場し、小学生の主人公が、常念岳に登ると言う設定もあった。 頂上近くの常念岳には、ドラマの様な豊かな緑はなかったなぁと思いながら眺めていた。
憧れ続けていた常念岳に、私が登ったのは1991年夏のことだった。 新宿発の夜行バスで、上高地に入り、梓川をさかのぼり、徳沢で右に曲がって、その晩は蝶が岳で一泊した。 ご来光の美しさと、谷を隔てた槍ヶ岳や穂高の峰々を眺めながら乾杯したビールのおいしかったことが忘れられない。 翌日常念岳に登り、そのまま「表銀座」と称される槍ヶ岳からのコースに合流して大天井岳に泊まり、翌日燕岳を経て下山した。 夜行二泊の山行だった。 このコースは、左手に槍ヶ岳から穂高連峰へと続くすばらしい景観を堪能できるコースである。 ただ常念岳は結構きつかったと言う記憶がある。 あれがピークかと思って登ると、更に先があるといった感じを繰り返しながら歩いた。 この数年前に槍ヶ岳から眺めて、「いつか登ろう」と思っていた山に、とにもかくにも登ったのだった。
今になって、やはり常念小屋に一泊しておけばよかったと思うが、主婦が幾日も家を空けることにも抵抗があって、かなりの無理をしたと思う。 また、無理の利く体力もあったということだろうか。 常念小屋の前で作ってもらったラーメンのおいしかったことが思い出される。 このときは、仲間の知人で、山経験のあまりない男性が一人同行した。 同行に際して仲間の出した条件が、「水をしっかり背負っていくこと」だったそうだが、まじめな彼は本気で実行してくれたので、我々はラーメンをご馳走になれたというわけだった。
きつかったものの、例によって下りてくれば辛かったことは忘れ、今度はコースを変えて登ろうと話していたが、結局これは実現できず、今では「夢のまた夢」と言うところだ。
その後、誘われて、安曇野へ旅したことがあった。 立ち寄ったわさび農場からは、正面に常念岳が見え、私は一人感激していた。 バスの中からも位置を変えながら、常念岳が見え、私を喜ばせた。
朝ドラで、常念岳が何度見られるか分らないし、どんな筋立ての話かも分らないが、私はとにかく、安曇野市、松本市が協力しているドラマというだけで、なんとなく「見る気」になっている。 こんな見かたをする人間が一人くらいいても良いだろうと思いながら・・・。
登る前も登った後も、常念岳の虜になっている私だが、それがなぜなのかは未だよく分らない。 私の「山中毒」のなせる業かもしれない。