07’3’12
まだ前の釜トンネルの時代だから数年前になるのだろうか、やはり二月の上高地を訪れたことがある。 そのときは工事のために河童橋まで雪かきができていて、その道を歩くツアーだった。
新宿を夜行バスで出発し、明け方のガリガリに凍った釜トンネルを抜け、夜明けの大正池を経て、人気のない河童橋まで歩いた。 釜トンネルの中はアイゼンが必要だったが、後は登山靴で歩けた。
河童橋での気温はマイナス十六度。 吐いた息が霜になって帽子の前に付いた。 じっとしていると、足元からしんしんと冷えて来る寒さだった。
今回は、釜トンネルも新しくなり、中に雪が吹き込むこともなく、歩道まで作られていて、足元が見にくい場所もないわけではなかったけれど、明かりもつき、楽に歩けるようになっていた。
冬の上高地には、車両は入れないので、釜トンネルの入り口でバスを降りたあとはすべて歩くことになる。 トンネル内は時々轟音を響かせて工事用の車両が通るので、空気も悪く、決して快適とはいえない空間だが、ゆるい勾配のトンネルを30分かけて抜けた上高地は、乗鞍高原では明け方まで降っていた雪も止んだようで、天気は良くなっていた。
このツアーは軽アイゼンとスノーシューのレンタル付きだった。 釜トンネルを抜け、工事現場までは雪かきのしてある道で、凍っていれば軽アイゼン、その先は雪が深くなるのでスノーシューということだ。 河童橋までは行かず、大正池、田代池辺りを歩き、穂高橋から戻る予定である。
釜トンネルを出て軽アイゼンをつける。 登山靴の先を輪に入れ、後ろを引っ張ってかかと部分にはめる簡単なものである。 私の持っている軽アイゼンは大昔のものだから、テープ状の紐で靴底の中央部分に縛り付けるものだ。 スパイクもあまり鋭角ではないが、氷の上では結構役に立っていた。 レンタルアイゼンは、スパイクが5ミリくらいの短さだからアイスバーンの上では有効だが、シャーベット状になっている場合には氷面まで届かないと言う。 道はシャーベット状で、アイゼンなしでも大丈夫そうだったが、ガイドに言われるままにつける。 靴底の真ん中にだけつけるアイゼンと違い、歩きやすい。 今年は記録的な暖冬で、吐く息が白くならないのには驚いてしまった。
大正池に着いたところで、スノーシューに履き替える。 天気はまた悪くなり、雪が少し舞いだした。 雪もそれほど深くはないが、スノーシューは「ずぼっ」と入ることがないので安心して歩ける。 ほかの季節にはバスで通り過ぎてしまう場所も、歩きながらゆっくり眺められた。
天気はめまぐるしく変わり、田代池では青空がのぞいてきた。 普段は立ち入れない田代湿原の中を歩いてみる。 残念ながら穂高連峰の上の方は雲の中だ。 霧氷の田代池を期待したのだが、この暖かさでは無理というもの。
穂高橋に出て昼食。 どんどん晴れてきて、一同大喜びだ。 雪をまとった明神岳はいつもよりも立派に思える。 前穂とつり尾根は見えてきたが、奥穂がまだ雲の中。
このあたりでは正直なところ、スノーシューが邪魔だった。 「スノーシューツアーと銘打っているから使わないとまずいのかな」と思う。 穂高橋で右岸に渡り、六百山と霞沢岳をカメラに収める。
昼食後、冬季閉鎖中の帝国ホテル横を通り帰路につく。 「ジャンダルムまで見える」というガイドの言葉に振り返る。 奥穂からジャンダルムまでがはっきり見えるほど晴れてきたのはうれしかった。
スノーシューも歩いているときにはほとんど意識することもないのだけれど、写真を撮ろうと立ち止まり、邪魔な枝を避けたいなどと、場所を変えたりするには不便なものである。 小回りがきかないと言ったところだ。
我々以外にも、同じようなスノーシューツアーの人たちがいたが、その人たちは早くからスノーシューをはずしてリュックに付け、登山靴になって軽々と歩いていた。 舗装されている道路の上では、踏み抜く危険はないのだから、この程度の雪ではスノーシューも不要だろうと思った。
「一応スノーシューツアーで、レンタル付だから、使わせないわけには行かないのよね」などと言いながら、我々はエッチラオッチラ歩いていた。 そのうちにその人たちが後ろから追いついて来て我々が道を譲るに及んで、ガイドが「皆さん羨ましそうだから、私たちもはずしましょう」と言った。
はずせばそれが背中の荷物を重くすることにはなるのだけれど、足は軽くなりセイセイした。 と同時にストックがひときわ邪魔になったのだから勝手なものだ。 スノーシューなど早くはずして、河童橋まで行ってみたかった、と言うのが私の本音である。
工事現場の旗振りさんに「お帰りなさい」と声をかけられ、また釜トンネルを通りぬけ、入浴のため乗鞍高原に戻った。 帰りは焼岳もすっかり晴れてきれいに見えていた。
雪は少なかったが、最後にはきれいに晴れた上高地に私たちも満足し、建前どおり、軽アイゼンもスノーシューも使えて、ガイドも添乗員も一安心したことだろう。 乗鞍高原に戻るバスの中から見た、夕日の中で雪煙を上げる乗鞍岳の姿が目に快かった。 (Galleryへもどうぞ)