向 山 の キ ノ コ  

08’9’12
  堰下橋で多摩川を渡り、対岸の堤防の上を少し歩くと、草花丘陵への登り口がある。 私にとって草花丘陵は、山歩きに備えての足慣らしには、格好の場所になっている。
 平地をいくら歩いても、山道を歩くのとは使う筋肉が違うと見えて、山への足慣らしにはやはり山道を歩いておかないと大きな効果はないように思う。

 私はまず、浅間岳を目指す。 浅間岳という名からは想像できない、標高235メートルの小さな山である。 頂上近くには多摩川を見下ろす小さな平地があって、その一隅に、「浅間神社」があり、尾根をほんの少し歩いて着く頂上には小ぢんまりとした休憩所もある。

 登り口からここまでゆっくり登っても20分程度である。 家から3〜40分で来られるのも幸いなことだ。 低い山だが、最後の部分はそれなりに急で、息も上がる。 私たち地元の人間は、親しみをこめてこの山を「向山」と呼んでいる。 

 先日も昼前、思い立って向山に出かけた。 時間が中途半端だったためか誰にも出会わず頂上へ着いた。 ここの上り下りを日課にしている人も多いのである。 頂上から尾根伝いに足を伸ばせば、青梅方面にも、反対の福生方面にもハイキングコースが続いている。 福生方面に向かい、途中、羽村大橋で下るのが私のいつものコースなのだが、この日は、昼までに帰るつもりで、頂上から来た道を戻ることにしていた。

 登り口付近まで下ってきて、「きつりふね」の写真を撮っているときに、後ろから下りてきた女性に、「写真を撮っているのですか」と声を掛けられた。 彼女は近くの人らしく、頂上に初めて見るような大きなキノコがあったので、カメラを取りに家に戻り、もう一度登って写真を撮ってきたのだそうだ。 「この小さなデジカメだからうまく撮れているかどうか分かりませんけどね」と言っていたが、直径20センチくらいの、真っ白いきれいなキノコだったそうだ。

 私も真っ白いキノコはたくさん見たけれど、そんな巨大なものには気づかなかった。 頂上から、「ハイキングコースの案内が立っているところを少し下りたところ」にあったという。
 今日は、頂上から戻ってきてしまったから・・・、とちょっと残念に思い、億劫だとの気持ちもあったが、とにかくまた登った。 しかし見つからない。
 仕方なく下ってきたが、歩きながら、「ハイキングコースの案内」をてっきり、いつも自分の歩くコースと思って聞いていたことに気づいた。 反対の青梅方面に行く人もいるのに。 馬鹿だなぁとあきれたが、三度目を登る気にはなれず家に帰ってきた。

数日後、また向山へ行った。 念のため、西の青梅方面にも少し下ってみたが「白い巨大キノコ」はなかった。 その日はいつものコースで、頂上から東へ向かい、羽村大橋へ下りた。 結構大きな白いキノコが目に付いた。

 ゴルフ場の脇の道から再び山道へ入ったところで、ゆっくりと前を行く男性を追い越しながら、「こんにちは」と声をかけると、その人は「ちょっと見て・・・」と言う。
 布の手提げ袋を下げたこの人は、手に持った真新しい帽子の中を見せてくれた。 傘が真っ赤な色のキノコが7〜8本入っている。 「きれいなキノコですねぇ」と、初めて見るキノコを眺めた。 「タマゴタケ」というのだそうだ。 確かに、根元の部分に、卵のからのようなものがあって、卵から出てきたキノコといった趣である。 しかし、知らない人は、色からして、とても「食べられるキノコ」とは思わないだろう。 今歩いてきた道に、こんなキノコがあったのかと感心した。 知る人ぞ知る場所に出るキノコなのだろう。 キノコの写真も撮っていた私だが、まったく気づかなかった。

 「1本あげよう」と言われたが、ご辞退申し上げて、「写真だけ撮らせてください」とお願いしたところ、「木の根元に置こうか」と言ってくれる。 木に寄りかかっているキノコもなんだから、と思い「持ってください」と言うと、「手が写ってもいいの?」と気にされる。 「大きさも分かりますから」と、一枚撮らせていただいた。
 「お先に」と別れた後ろから「草笛」が聞こえてきた。 のんびりキノコを取ったり、草笛を吹いたり、優雅なことである。

 今年は雨が多かったせいか、向山でもいろいろなキノコを見かけたが、キノコを介して、思いがけず人との出会いも楽しめたことだった。

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