キスゲ咲く尾瀬

05’7’25
 昨年はおそ霜につぼみを傷められて、関東近辺のニッコウキスゲは壊滅状態だったという。 残雪の多かった今年は、雪の下で暖かく過ごせたせいか、昨年の不作を一挙に取り返すかのような大当たりだと聞いていた。
 霧が峰に行ってきた友達は、ニッコウキスゲがあんなに咲いているのを見たことがなかった、と言う。 霧が峰には二度続けて行ったばかりだから、尾瀬にでも行ってみようかなと思い始めた。
 ニッコウキスゲに限らず、今年の尾瀬は花の当たり年らしい。 残雪の多かったことが幸いしているのだろう。 

 尾瀬行きにはいつも新宿からの直通夜行バスを利用する。 しかし、時間調整をしながら走るこのバスは、乗っている時間が長く、十分に寝られるわけもないので、年を重ねるにつれて疲れるようになっていた。
 車で行ってみるかな、と思った。 車で行けばまたそこに戻らなくてはならないので、山行に車を使うことは今まで考えもしなかったが、いつだったか、山仲間が家族で「日帰りの尾瀬」を楽しんだと聞いたときから、「それもいいかな」とは思っていた。 

ニッコウキスゲの中を行く

 車にカーナビをつけてから、あまり心配せずにどこへでも出かけるようにもなっていた。 折りしも、私の気持ちを後押しするように、新聞の一面に、ニッコウキスゲの咲く尾瀬を行くハイカーの写真が載った。 

 シーズン中は規制されて、戸倉までしかマイカーは入れず、その先は、「乗り合いタクシー」で、鳩待峠に行くことになる。 車は、自分で気をつけていても避けられない事故もあるし、人を乗せるとそれなりに気も使う。 悪いけれど、今回は「ものは試し、車で行ってみるから」と仲間には断った。 
 せっかく行くのだから、一泊して尾瀬ヶ原をゆっくり往復してこようと考えた。 
 一人歩きで、熊の心配をする私に、尾瀬に精通していらっしゃる方から、「日中は絶対大丈夫」とのお墨付きを頂戴して、久しぶりに、ヨッピ川に沿ったコースを行くことにした。 

 軽食のできる小屋はあるけれど、時間的にそこを通るとは限らないので、昼食用のパンも車に積み込んで、家を出たのが6時過ぎ。 青梅ICから、圏央道、関越道と乗り継ぎ、沼田ICで高速道を降り、鎌田、戸倉と進み、目的の駐車場に着いたのが8時半。 2時間半かからなかった。
 かなり車が止まっていたけれど、まだ空きもあった。 客が9人集まるのを待って乗り合いワゴン車は鳩待峠に向かって出発した。 20分の道のりである。

カキツバタの向こうにはキスゲの帯

   一人歩きはペースが上がる。 山の鼻で、喉を潤しすぐまた歩き出す。 尾瀬ヶ原に入る前から、ニッコウキスゲ、アザミ、シモツケなどが咲いている。 
 目の前が開ける。 一昨年の秋以来の尾瀬ヶ原である。 
 予報よりも空は明るく、薄日が漏れているが、燧ケ岳も至佛山も頂上は見えない。 木道脇には、トキソウ、サワラン、ヒメシャクナゲが咲いている。 
 夏休みの移動教室か、小中学生の団体が何組もいて、落ち着かない。 牛首からヨッピ川方向に入ると、人も少なくなりほっとする。

 やがて黄色い帯が近づいてくる。 文字通りのイエローカーペットである。 近くで見れば結構隙間があるのだけれど、離れてみれば一面に咲くニッコウキスゲの大群落である。
 この花は一日花だ。 毎日これだけの数が咲くのだから、シーズン中に咲く花の数はものすごいものだろうなどと考える。 
 三脚を担いだ男性が、「圧倒されて、どこをどう写せばいいのか分からない」と話しかけてくる。 全体も撮りたい。 この部分だけを切りとってもいいか、などと私も考える。 
 ヨッピの吊り橋から見ると、白樺越しに、黄色い帯が連なっている。 ヨシッポリ田代もまっ黄色だ。 「よくも咲いたものだ」と半ばあきれながら、東電小屋に到着。 ゆっくりだけれど、休みなしに歩いたので、予定よりもかなり早い。 雷の心配もなさそうだし、先は知れているので、昼食をとり、ゆっくり休む。 

 東電尾瀬橋は「老朽化のため三人で渡るように」と書かれていたが、前にも後にも人影はなかった。 この橋から見るヨッピ川の流れは石をかんできれいだった。 ここから先しばらくは、原っぱの感じではなく、上高地の田代橋あたりの森の中に似た雰囲気である。 赤田代、温泉小屋方面への分岐点を過ぎると、今夜の宿泊地、見晴は近い。 ここから見晴までの道は、早朝の風景が美しい。 「霧の中に浮かび来る・・・」と歌われている、幻想的な風景が見られる。 
 小屋に荷物を置き、カメラを抱えて、散歩に出る。 小屋の前もニッコウキスゲの波だ。 何を撮ってもどこかにニッコウキスゲが入る。 一人で歩く尾瀬。 気楽で楽しかった。 十分楽しんでいる自分自身にも満足だった。 

霧の中に浮かび来る〜♪

 翌朝は4時半に起きて、「幻想的な風景」を見に行く。 山すそを霧が流れ、白樺や、ニッコウキスゲが、ぼんやりと見え始め、やがて浮かび上がるように見えてくる。 何度見ても感動するひと時である。 
 夜明けごろは、景鶴山も燧ケ岳も見えていて、この霧があがれば・・・と期待したのだけれど、やがて雲が低く垂れ込めて、雨になりそうな気配だった。  降られたくないので、6時の朝食後すぐに小屋を発ったものの、早く帰ってしまうのも惜しいので、ゆっくりゆっくり歩いた。 帰りは尾瀬ヶ原中央を縦断するコースだ。 
 こちらも随所にイエローカーペットが広がっている。 「下の大掘川あたりが最高だよ」と教えてくれる人もあった。 「至佛山が見えれば絵になる場所だけれど、今日は駄目だな」と思う。 撮り損なっている「長葉のモウセンゴケ」を探しながら行く。 

下の大掘川付近

 往きのコース同様、こちらのコースも下の大掘川付近は確かに大群落だった。 近くで見れば、花がらがぶら下がり、見苦しい点もあるけれど、これだけの花の集まりはすごい迫力である。 至佛山は見えなかったが、何枚も写さずにはいられなかった。 小雨も降り始めたが、幸い、大降りにはならなかったので、傘を置いてモウセンゴケも写せた。 

 山の鼻に着き、時間に余裕があったので、休憩後、研究見本園に入った。 まず、「尾瀬コウホネ」を見に行く。 いくらも咲いていなかったが、「ここにきれいなのがありますよ」と教えてもらって、そちらに回る。 遠いし、手持ちのカメラで、果たして写るかどうかと思いながら、写す。
 見本園には、「カキツバタ」がたくさん咲いていた。 花の写真が目的ならば、ここは人もいなくてよさそう、と思いながら歩いた。

 鳩待峠で、残っていたパンとコーヒーで、腹ごしらえをし、乗り合いタクシーで戸倉に戻った。 この間に眠くなったので、昼寝をしていくほうが安全だと感じていたが、靴を履き替えたり、身支度をしている間にすっきりしたので、そのまま帰ることにした。 
 カーナビが「2時間たちました。そろそろお休みしませんか」という頃には圏央道を走っており、それから30分もしないで我が家に着いたのだった。 
 仲間には申し訳ないけれど、見事なニッコウキスゲにも大満足、一人でまったく自由に楽しめたことにも私は大満足だった。 この秋は、至佛登山に仲間と行く予定だが、折を見てまた一人でも出かけてみたいと思っている。     


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