02’9’26昨年夏、北アルプスの北穂高岳に登った。「鳥の止まるところもない」と言われる西側の大絶壁、滝谷をこの目で見たいと思ってきた。体力的にもここ一・二年が限界に思えた。
穂高連峰への登山基地涸沢を、朝六時に出発して取り付いた北穂沢は、予想していた通りの厳しさだ。登山地図のコースタイムは三時間。休み休み、五時間かければ私でも行けるのではないかと考えた。
急峻なだけにぐんぐん高度を稼ぐ。振り返ると、奥穂高岳、前穂高岳が間近に迫り、涸沢の色とりどりのテントは眼下に小さくなっていく。
鎖場を過ぎ、足場の悪い岩稜を、一歩一歩踏みしめながら登る。平衡感覚の衰えを感じているので、浮石を踏まないよう細心の注意を払う。吹き抜ける風に一息つく。汗をぬぐい、水を飲み、また登る。十一時前、無事登頂を果たした。槍ヶ岳から大キレットを経て北穂高岳にいたる縦走路が、快晴の空にくっきりと姿を見せていた。滝谷の屹立する岩襞には息を呑んだ。
スケールの大きい風景の中で、頬をなでる風のなんと心地よいことだろう。「人はなぜ山に登るのか」。この問いに対する私の答えの一つはこれかなと、ふと思った。やがて、吹き上げるガスが滝谷を埋めはじめた。
(山のアルバム・北穂高岳も見てね)