栗 駒 山 登 山 (ユニークな運転手さん)

 
06’10’13
  紅葉の美しさで知られる東北の栗駒山へ、一度行きたいと思いつつ、元気なうちは少しハードな山に行っておきたい気持ちもあってなかなか実現できずにいた。 昨年北アルプスを歩いて、今までになくへばったので、山の選び方を考えざるを得なくなった。 今年の夏は天候もはっきりしない日が多かった上に、もろもろの事情が重なって山に行くチャンスに恵まれず、秋になった。 秋といえば紅葉、それでは、ということで、昨年手軽さに味を占めた「登山ツアー」を探した。 そして、長年の希望が叶い、栗駒山へ行くことになった。

 このツアーには講師も同伴し、添乗員の女性も、体格の良い、山の経験豊富な人のようだった。 そしてびっくりしたことに、運転手までもが、ガイドブックを執筆している登山家だったのである。

 栗駒山は、宮城、岩手、秋田にまたがる山である。 一泊二日の今回の企画は、初日は足慣らしを兼ねて、栗駒山の中腹にある「世界谷地湿原」を散策し、翌日、宮城県側からの一番楽な「中央コース」を登り、岩手県側の須川温泉に下るものだった。

 東京から七時間かけて到着した世界谷地湿原は午後の日に草紅葉がきれいで、点在するどうだんつつじの赤が鮮やかだった。 翌日登る栗駒山、そしてその前には東栗駒山の姿が大きく見えている。
 ミズナラやブナやアスナロなどの混在する雑木林の道も、心地よかった。 講師の先生もよく説明してくださって楽しかった。 そして、気がついたら、最後尾には運転手さんの姿があった。 いつの間にやら、長靴姿で、ちゃんとお仲間になっていたのだ。 「本当に山が好きな人なんだなぁ」と思った。
 更にびっくりしたのは、戻ってきてバスに乗る前に、この運転手さんは、バケツとたわしとペットボトルに詰めた水を持ち出して、みんなのぬかるみで汚れた登山靴を洗う準備までしてくれたのである。 バスの中を汚さずに済ませるためかもしれないけれど、ここまで気が回るのはやはり「山や」である。

 バスの中でも見せてもらえた何冊もの山の本を、夕食時にも持ってきてくれて、「部屋で見るならお持ちください」とのことだったので、「花の百名山」と、運転手さんの出された「ロープウエイ使用のらくらく登山」のガイドブックを借りた。

 翌日は七時二十分の朝食で八時出発。 ちょっと忙しかったが、山小屋ではないから五時の朝食と言うわけには行かない。 窓から眺めるとかなり日が高くなるまで太陽は雲の中で、快晴ではないけれど、雨の心配もなさそうだ。
 バスで、イワカガミ平登山口に着き、準備運動をして、いよいよ山に入る。 ここからは、私たちの行く中央コースと、東栗駒山を経由するコースとが伸びている。 後者は二十分ほど長いというが、どちらかと言えば山道らしいそちらに私は行きたかった。
 私たちが驚いたのは、ここでの運転手さんだ。 登山姿なのである。 運転手さんには、ここから私たちの下山する須川温泉までバスを回しておくと言う仕事があるはずなのだ。
 話を聞けば、東栗駒山まで行って戻ってくると言う。 「すごいねぇ」とただただ感心する。

 中央コースは、石畳風で歩き易いが、しばらくの間眺望はない。 振り返っては、美しい紅葉を見下ろす。 やがて周囲が開けてくると、紅葉した山肌が眼下に広がる。 「きれい!」と歓声が上がる。
 一方、山頂付近には紅葉の跡も見えない。 盛りを過ぎた紅葉は先日の猛烈な低気圧の通過で、葉を落としてしまったようだ。 近くの葉もかなり傷んでいるのが分かる。 「近くを見ないで遠くを見ましょう」との講師の言葉も、確かに、と思わせる。

 やがて、山頂が目前になり、右から東栗駒山からの道が合流する地点に来た。 なんと運転手さんが出迎えてくれている。 そちらのコースはぬかっているので下りたくなくてこちらに来たと言う。 そして私たちが今登ってきた道を下って行った。 ポロシャツに、しっかり登山靴だった。 タフな人である。
 山頂下の草紅葉は冬は雪田になるところで、高山植物も多いと聞けば、その時期にまた来てみたいと思う。

 昭和湖でおにぎりのお弁当を食べ、息を呑むような素晴らしい紅葉の中を須川温泉に着いたのは一時半くらいだっただろうか。 ワイシャツにネクタイ姿の運転手さんは、涼しい顔で「お帰りなさい」と迎えてくれた。 例のバケツや、たわしや水も用意されていた。
 私たちは温泉で汗を流してさっぱりし、後は寝ながら帰る事もできるが、運転手さんはこれから東京まで、また七時間の運転である。 二日間で一千キロにも及ぶ走行距離だというのに、山にも一つ登ったのだから、まだ四十代の若さとは言え、本当にタフだとあきれる。
 ツアーバスの帰路の車中では、娯楽映画上映がお決まりだが、私たちは運転手さん提供の沢山の山のビデオの中から「大雪の四季」を選び、それを楽しみながら帰ったのである。

 「この運転手さんには笑っちゃうね」と言った添乗員さんもかなりユニークで面白い人ではあったが、運転手さんには一歩及ばなかったようだ。
 なんともユニークで、タフな運転手さんだった。 登山暦二十年、最も山が面白い時期なのだろう。 彼も仕事のかたわら、結構楽しんだに違いない。 美しい紅葉の栗駒山とともに、「忘れえぬ運転手さん」になったのは確かである。
「山ある記」にもどうぞ・・

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