マイ カー

03’11’10
 
 五十歳近くなってから取った運転免許である。大学生だった息子が取ればどんなに便利かと思って取らせたのだが、これがなかなか思う通りにはならない。親の役にはあまり立たないのである。
 当時、私のマイカーはバイクだった。車の免許を取ってから息子が乗らなくなっていたバイクだ。自転車よりも楽だよと夫も言うし、いったん捨てた免許を取り直して乗ることにした。若い時に簡単に取れたバイクの免許を一度も使わなかったペーパードライバーで、子育て中の書き換えの手間をいとい、無効にしてしまったのだった。

赤い車にも乗りました
 雨の日、買い物に出るのに車の横を傘をすぼめるようにしてすり抜けながら、やはり自分で運転できなくては駄目だなと思い始めていた。バイクで行けば教習所までさほどの距離ではないし、自由もきく。
 年齢を考えて、思い立ってからの行動は早かった。免許証を手にしたのが夏だったので、早朝練習に励むには好都合だった。車の少ない早朝の幹線道路を走り、空いている駐車場で「車庫入れ」の練習をする。
 最大の難関が、一方通行の狭い道から狭い間隔の門柱の間を通って我が家に入ることだった。車を入れることを考えて門を作ったわけではなかったから止むを得ないのだが、家に入れないのではどうしようもない。人が苦労している時に限って車が来るので、あせった挙句には車体を門柱にこする。
 息子のひんしゅくを買いながら、どうにか入れられるようになった。息子はどうしてもうまく入れないときは、また一周してきてやり直すと言う。
 慣れというのはすごいものでやがて失敗なく入れるようになり、「よくここに入れられるね」と人に感心されていた。その後道路が少し拡幅されたときには、近くのガソリンスタンドのお兄さんにまで「楽になったでしょう」と言われたものだった。
 楽になったついでに「オートマ車」にすれば運転も楽ですよとクルマ屋さんに勧められて、少しその気になった頃、「オートマ車」の事故が相次いだ。人の列に飛び込んだり、屋上の駐車場から転落したり・・・。「止めとこう」と思った。マニュアル車なら、「急発進」もしないし、ノックするか、エンストするか、いずれにしても人様に迷惑をかけることはない。

白い車のときもありました
 それ以来、いまだに私はオートマ車に乗ったことがない。「マニュアル車じゃなくては腕が見せられない」と豪語していた息子も今やオートマ車で、「オートマしかない車種もあるからさ」と、口は重宝なものである。周り中オートマ車が普通になって、マニュアル車しか乗れない私は何となく肩身が狭い。
 「キーをつけっぱなしで置いても、盗まれなくなったかな」と言う私に、クルマ屋さんは「男にはマニュアルが好きな人が結構多いから駄目ですよ」と言う。でも、そういう人はもっと高級車を狙うでしょと言いかけたけれど、それは飲み込んだ。
 親戚の娘は、「おばさん、マニュアル車に乗っている女の人ってかっこいいよ」と言う。どうやら時代は変わってきているらしい。

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