08’3’12
三月に入り北への旅立ちも始まって、半数はすでに帰ったらしい。 次の冬にしようかと思ったりしたが、場所だけでも見に行ってこようかという気になった。 三月いっぱいは駐車場もあるという。
行こうと決めた日は、あいにくの雨だったが、昼近くには雨も上がった。 そう遠くはないし、今から行ってみようと思い立って家を出たのは十二時半を回るころだった。 ナビ頼みで、現場に着いたのが二時前。
白鳥はいたが人はだれもいない。 鴨の数も少ない。 午後の給餌時間には間がある。 午後のこととて、逆光だが、それは仕方がない。
白鳥は細長い中州に集まっていた。 突如現れた人間に緊張しているようにも見えた。 数えてみると七十羽くらいはいる。 まだねずみ色をした幼鳥も多い。 やがて、少し見物人が増えたが、何人でもない。 白鳥も餌の時間が分かるのか、よく飛ぶようになった。 大きな鳥だから飛ぶのも迫力がある。 頭上を大きな羽音をさせながら飛ぶ。 単独行動ではなく、少なくても二〜三羽、多いときは十羽近くが一斉に飛び立ち、大きな円を描くように旋回しては、派手に水しぶきをあげながら着水する。 壮観である。
三時になって、餌をやるおじさんが、さほど大きくは無いポリバケツを両手に下げて現れた。 白鳥も鴨も先を争うようにして近寄ってくることの無いのは意外だった。 今までに見た白鳥達の食欲はすさまじいものだったから。
深谷市の飛来地ではパンを餌としてやっていたが、ここではくず米だそうだ。 おじさんがひしゃくで、何杯も撒いてやるが、白鳥も鴨も寄ってこない。 おじさんが撒き終わると、そろそろと何羽かの白鳥が水の中に首を入れて食べ始めたが、中洲には、見向きもしない連中がかなりいる。
おじさんの話では、北帰行前になると餌を食べないのだそうだ。 こちらに近づくこともしないと言う。 あまり太りすぎては長距離の飛行に差し支えるから、調整しているのだろうという話には驚いた。 そして、さかんに飛ぶらしい。 どうやら、給餌時間だから飛ぶわけではなかったようだ。 これから始まる長旅に備えての準備なのかもしれない。
幼鳥が長旅に耐えられるようになるまで日本にとどまると聞いてはいたが、確かに、餌を食べるのはまだねずみ色をした幼鳥が多いように見受けられた。 餌を食べて、体をしっかり作ってから、おもむろに旅立つと見える。 賢いなぁと感動すると同時に、本能とはいえ、長旅の厳しさを垣間見る思いがした。 今まで、寒い時期の白鳥しか見ていなかったのだが、あれはやっと日本に着いて、しっかり餌を食べる時期だったのだ。
体に悪いと承知しながらも、食べずにはいられない人間が、恥ずかしくなる話である。
中州にいた白鳥が一斉に飛び立った。 おじさんは見送りながら「行っちゃうのかなぁ」と言う。 普段は遠くに見えている高圧線の向こうまで行くことはないのだそうだ。 かなり遠くまで飛んでいったが、まだ高圧線の手前だ。 みんなで見守る。 やがて一斉に向きを変えた。 「あぁ、戻って来る」と、なんだかほっとする。 しかし、もう時間の問題だ。 白鳥らしく白くなっている鳥たちだった。
家族で行動するという白鳥である。 まだ餌をついばんでいた幼鳥が、白くなって、親や兄弟と旅立つのも、間もなくのことだろう。
思い切って行ってみてよかった。 思いがけず、白鳥の「すごい一面」を知ることができたのだから。
冬にはまた無事に戻ってくることを、おじさん同様、私も願っている。