08’2’24
冬至が過ぎ、年が明けると、寒さは厳しさを増す。 一月から二月にかけての寒さのピークを迎えるころになると、「なんとなく、日が伸びたなぁ」と思う。 寒さの最も厳しい時期に日脚の伸びを感じるのも、「もう少しで、春が来る」と思わせる、心憎いばかりの自然のなせる業である。
最近は気候が少々おかしくなっているので、秋になってもなかなか葉を落とさない落葉樹が増えてきた。 紅葉時期もどんどん遅れ、十二月に紅葉の最盛期を迎えたりするのだから驚く。 十月から十一月にかけて紅葉すると思っている古い人間も年々減っていくわけだから、若い人には特に違和感は無いのだろう。
暮れの内に剪定を済ませておきたいと思っていたサンシュユの葉もなかなか落ちず、やっと落ちたときにはもうつぼみが膨らんで、わずかに黄色味も覗かせていた。 これでは、花が終わるまで待つようだとそのままになっている。 道路に枝を伸ばすので困るが、素人の剪定にもかかわらず、毎年たくさんの花をつける。 梅雨時に挿し木にしたいから枝がほしいと言っていた人からはその後、音沙汰が無いまま何年かたってしまっている。 花が咲くと思い出す。 今年の花も咲きはじめた。
二月に入り、よそで福寿草が咲き出したと聞き、そっと楓の落ち葉を掻き分けてみた。 花はまだだったが、今年もたくさんの芽がのぞいていた。
昔、お正月に買った寄せ植えの中の二本を土に下ろしたもので、それが四十年ほどを経て増え続けたものである。 ともに地に下ろしたヤブコウジは、抜いて捨てるほどはびこっている。
ほかの場所の福寿草ものぞきにいく。 日当たりの悪い場所のほうが芽が大きい。 こちらは、花色が緑がかっている「自生種」で、とんでもないところにも飛んで増える。 野生本来のたくましさを持っているらしい。
庭の福寿草もこのところ良く咲くようになった。 我が家の環境が合うようで、あちらこちらに咲く。 昨年人にあげた福寿草も無事に咲いていればよいがと、嫁に行った娘を思う心情にもなる。 日が差せば鮮やかな黄色の花がよく開き、庭を鮮やかに彩る。
花好きの友人に「福寿草は一芽いくらで、値段がつくのよ」と聞いてから、手もかけずに、思わぬ利殖ができていると、一人で面白がっている。
春早くに咲く花は、なぜかみな黄色である。 正月頃、道を歩いていて、よい香りに思わず歩を止めさせるのはロウバイだ。
「マンサク」は「まず咲く」から来た名前だという。 マンサクも黄色い花である。 奥多摩の山で、初めて雪の中に咲くマンサクを見た時の感動が、春になると必ずよみがえり、また行って見たいと思う。 糸のような繊細な花びらの、中心部のえんじ色が引き締め役で、美しい。
雪山で、一番目立つ色は黄色だと聞く。 黄色い花が春一番に咲くのも、雪の中でも目立つようにという自然の摂理なのかもしれない。
今年も黄色い花とともに春はやってきた。 黄色い花が、ピンクの花に変わるころ、春は本番になるのである。