ガラス戸越しに柔らかな冬の日が差し込むと、「しぼりかたばみ」は白い花を開き始める。五枚の花弁を細く細く縁取る紅が、つぼんでいるときには斜めに流れる線になって、いかにも絞ったように見えるのが名前の由来なのだろう。
小さな球根で、日中だけ直径2.5センチほどの美しい花を開く。90年の春から秋にかけて開催された「花の万博」会場に植えられていたというが、我が家では真冬に咲く。
ひょろっと三本植えてある黒いビニールポットを義兄に貰ったのが、私とこの花との最初の出会いだった。以来十年余、増えに増えて、花好きの友達にもずいぶん分けた。今年も我が家では四つの平鉢に百数十本の花が咲き競い、訪れた人は歓声を上げる。
私には、この花が咲き始めると必ず思い出す人がいる。
十年近く前のその日、友達に上げようと数本ずつ植えたビニールポットを包装紙とリボンで飾り、五つほどまとめて箱に入れ、家を出た。途中乗り換えた始発電車には毎週見かける顔がいくつかあり、その中の一人の女性の横に私は席を占めた。
窓からの日差しに、ひざの上で花が開き始めると、隣の女性が「きれいですね」と声をかけてきた。「ほんとにきれい」と重ねて言われたとき、「お邪魔でなければ一つ・・・」と私は言った。「どなたかに上げる予定だったのでしょう?」とさかんに恐縮されたが、「余分にありますから」と私は一つ上げた。「この花の写真を撮ってお送りします」と言われるのを、「楽しんでいただければ十分ですから」と丁重にお断りして私は降りた。毎週行き会う人だし、という気持ちだった。
しかし、その後二度とその人に会うことはなかった。六十代後半位で、同じ羽村市の住人。写真が趣味らしいという以外、何も知らない。嬉しそうに花を受け取られた笑顔が忘れられなかった。こんなに気になるのなら写真を頂けばよかったのだ。
今年も「しぼりかたばみ」が咲き、私はまたその人のことを思い出している。