去年の北アルプス・涸沢の紅葉は見事だった。
その写真を見せたハイキングクラブのお仲間、Mさんは、「来年は俺も行く」と言った。私たち二人もその時は「一緒に行ってもいい」気持だった。だが、今年はとても紅葉がきれいだろうとは思えない気温の変動である。
Mさんはどうするかなと気にはしていたが、私たちは結局、秋は尾瀬に出かけることにしてしまった。
初めてだし、一人ではと、心配するMさんに、「上高地から間違えようのない一本道だから大丈夫。気をつけて行っていらっしゃい」と言ったのだが、心配だったらしく、友達と行ったとのことだった。
ハイキングクラブの忘年会には、その写真を持ってきて見せてほしいと頼んでおいた。Mさんは写真も趣味にしている人だ。「涸沢はすごくきれいだったけれど、去年を知っている人は、今年はぜんぜん駄目だと言っていた」と聞いて、やはりね、と私たちは顔を見合わせた。去年は何しろ「めったにない」と言われるほどの美しさだったのだから。

去年の涸沢
忘年会当日、Mさんは約束どおり写真を収めたファイルを持ってきてくれた。A3くらいの大きさの写真は迫力がある。屏風岩、涸沢、それを取り巻く穂高連峰・・・、去年の記憶がよみがえり写真に見入った。すごい! いいねぇ! 行きたくなる! ナナカマドがきれい! 胸が痛くなるような写真の数々・・・。
一緒に行った友達が写真をやらない人で、「待っていてくれないでどんどん行ってしまうので、おちおち写真をとっていられなかったよ」とMさんは笑った。それは私がいつも経験することで、「写真を撮るなら、時間に余裕を持たせて、一人でなければ」と思うのも同じだった。私は、もう若くはないし、何かあった時に単独行は危険と考えるので、そこは我慢して、「写しては追いかける」を繰り返すわけだ。
Mさんは写真も上手で、いいアングルで山々を捉えていた。「屏風の頭」から写した「槍が岳」は羨ましかった。去年は、相棒の足がつると言うアクシデントに見舞われ、諦めて行かなかった場所である。

去年の紅葉
素晴らしい写真だったが、確かに色彩的には物足りないものがあった。去年はまっ黄色に染まっていたものが、今年は茶色になっているからだろう。黄色があってこそ、赤も緑も引き立つ、と私は思っている。
「これだけ見ていれば本当にすごくきれいよねぇ」と相棒が言う。「去年を知らなければ、十分感動できるわよ」と私も応じた。Mさんの言うとおりである。
「登りたくならなかった?」、と尋ねたところ、Mさんは「ハードだからね」と言う。私たちは去年「穂高連峰の登山基地、涸沢まで来て、穂高に登らずに帰る無念さ」を語り、「来年は奥穂に登るか」と話したのだったが、今年行かなかったのでこの話は立ち消えだ。
去年の見事な紅葉を知らなければ、今年の紅葉を素晴らしいと感じ、、それなりに幸せ。これも「知らぬが仏」と言えるのかも知れないと考えたらおかしかった。
それにしても、去年のあの「めったにない美しさ」を見ておきながら、今年もまた見に行く人の気持は、理解しにくいものがある。
(昨年の涸沢は、「山のアルバム・涸沢の秋」を見てね)