登 山 靴   

09’7’23
 山道を歩くには、なんと言っても登山靴が一番だ。 「重いのに・・・」と言われることもあるが、とにかく足元がしっかりして安心感がある。
 私が最初にはいた軽登山靴は、今では信じがたいことだが”ズック製”だった。 確か、姪から、「買ったけれど、もう履きそうもないから・・・」と、まだ幾度も履いていない靴を譲り受けたと記憶している。 その後いわゆる「キャラバンシューズ」が登場して、一体何足履きつぶしたことだろう。 こんなに買うのでは・・・と、革製の登山靴にしたのだった。

 革製登山靴は、履くほどに足になじみ、まことに快適だった。 足に合わない靴で山を歩くことは到底考えられることではないが、革製のものは底の張替えもでき、むしろ安くつくのかもしれない。 三〜四年履くと、底も減り、濡れた岩場などで滑りやすくなって危険なので、底の張替えに出す。 冬山に行ける体力はないので、厳冬期は登山の休止期である。 そしてこの時期に靴を修理に出す。

 三回目の張替えに出した直後のことだった。 春先のまだ寒い頃、仲間と奥多摩の「むかし道」を歩きに行った。 朝のうち雨だったが、予報は晴れてくるということだったので、「物好き」が何人か集まって行ったのだった。 途中でも雨に降られたりしたが、雲が切れて晴れてきた奥多摩湖の風景がきれいだったことを覚えている。
見た目はまだ履けそうだが・・・

 ところが、この雨に遭った時に、足が濡れてしまったのである。 普通、登山靴で、足が濡れることはありえない。 つまり、靴の革が古くなって、水を通す状態になってしまっていたのである。 保革油を塗ったり、一通りの手入れはしていたつもりだった。 土砂降りというわけでもなく、近い奥多摩だったから良かったものの、これでは安心して山には出かけられない。 まだ、底を張り替えたばかりだったが、絶対雨に降られないとの保証がない限り履くわけにはいかない。 どういうわけか、この時に、水がしみる靴をはいていた人が三人もいたのがおかしかった。 

 私にとって登山靴は「なくてはならないもの」だから、早速、“好日山荘”に出かけた。 瑞穂町にあって、我が家からは一番近い、登山用品の専門店である。
 ヌバックの登山靴を三万三千円で購入した。 普段の生活は、合成皮革の靴で、間に合わせたりすることもあるのに、なぜか山用品への出費には躊躇することの無い人間である。 一緒に買いに行った友達が、「あなたと一緒でなかったら、これは買わなかったかもしれない」と言った。

 値も良かったけれど、この靴をもう八年も愛用している。 靴底の張替えも二回した。 そして今また磨り減っている。 前の靴も三回目の張替え後、すぐ駄目になっていた。 今度も同じくらいの時間経過である。 しかし、このまま履いてはいられないし、さりとて、もう高い山に行くこともないだろうから、新調する必要もなさそうに思えた。 もう一度張替えが利くかどうか相談して・・・と思いながら、山の予定のない梅雨時を狙って好日山荘に持ち込んだ。
靴底だけは新品

 「よく履いてありますねぇ」と先ず言われる。 「かなり革自体が柔らかくなっているし、修理の段階で熱を加えると更に柔らかくなってしまいますが・・・」と、暗に新調を勧める口ぶりだが、「張り替えられない」とは言わない。 そこで、「山ももう終わりに近いから、できるなら張り替えてほしい」旨伝えると、引き受けてくれた。
 「出来次第電話をします」と言ったのにさっぱり連絡が来ないので、「仕上がり予定日」に出向いたら出来ていた。 「電話する」はどうなったのかと思ったが、今の世の中、それを気にしていたら暮らしてはいけない。 そんなのは「約束」のうちに入らないのだろう。

 かくして、「底は新品」の靴になった。 今までの靴底は全て黒いゴム様のものでできていたのに、今回は赤い色のものも使われ、見た目が良い。 八年も履いてつま先がささくれているような靴である。 底の見てくれだけ良くても仕方がないけれど、なんとなく見た目優先の現代を象徴していると思った。
 見てくれの良くなった分か、修理代は少し高くなって、今回は一万二千六百円。 クーポン券と誕生月サービスで千円引いてくれた。

 靴が戻ってから二週間。 まだ履く機会に恵まれない。 今月末の栂池行きまでお預けになりそうである。 残念ながら、また靴底を張替えに出すほど山には行けないと思っているが、底だけにしろ、おしゃれに蘇った登山靴である。 体力に応じた山歩きを、もうしばらく楽しむことにしたい。

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