何のために山の登るのか。「そこに山があるから」「生きる力をもらえる」「得体の知れない魔物が住んでいるから」などと人は答える。私は「山中毒なの」と言うことにしているが、要するに山の魔術にかかっているのだ。
若いころから山が好きだった。子育ての十年間はさすがに諦めていたが、末っ子が保育園に行くようになって、お迎え時間までには帰ってくるという離れ業を演じつつの登山再開だった。一時間弱で奥多摩へ行けるという地の利を最大限に生かしていた。
PTA活動を通して山仲間に巡り合えたことも幸いだった。子供同士は今は行き来がないが、親三人は三十年に及ぶ付き合いである。お互い「いつまで登れるか」が話題になる年齢となり、年相応にひざの故障などをだましだましの山行を続けている。
何年前になるだろう、痛めていたひざに水がたまり、三か月間医者通いをしたが芳しくなく、軽い肉離れも加わって、山も終わりかと諦めかけたことがあった。たまたまテレビで「ひざの痛みをとる体操」を紹介しているのを見た。
大腿部の筋肉を強化するこの体操がいいというのは知っていたし、やっても見た。だが効果が分かるほど続かなかった。それでも今まではどうにか過ぎてきたのだが、いよいよ背水の陣だ。「五日続ければ何かが変わるはず」と言われたテレビドクターの言葉を力に、とにかく一週間頑張ろうと決めた。
肉離れで安静第一だった足は肉が落ち、頼りなかった。ところがである。一週間の成果は驚くべきものだった。あの電気治療はなんだったのかと思うほど、ひざに力が入れられるようになり、腫れも引いた。
今、体操は私の生活の中に定着している。二日以上はサボらないという程度の余裕を持たせて頑張っている。私にこの努力を続けさせるのも、もめごと一つない山仲間との付き合いも、すべては、人を大きく、強く、優しくする、山の魔術のなせる業なのである。
(写真は奥多摩の「千本つつじ」です)