「──お師匠さんはアホウと女にゃ甘いんですよね。だったら……こーしてやらぁッ!!」
短気と当てこすりと自暴自棄の結果、師兄が女体姿で暮らすようになって早数日。
師匠は「何をムキになっているのだ」と呆れて、好きなようにさせているし、八戒は「中身はどうあれ花があっていい」とやに下がるばかり。
ただ自分ばかりが焦って戸惑い、事あるごとに「そろそろ戻った方が良いんじゃないか」と勧めては見るのだが、師兄もまた頑固で俺の言うことなど聞きはしない。
だが、男所帯に形ばかりとはいえ女が一人入るというのはやっかいなことだ。
例えば野宿の時。川で行水するにしても、まずは師兄一人に使わせるために自分たちは遠ざかっている必要がある(むろん隙あらば覗こうとする八戒を止めるという重要任務付きだ)。
師兄は「気にするな」「師匠に先に使ってもらうべきだ」とはいうが、師匠も女性を差し置いて沐浴するには忍びないらしく、師兄を優先する。
着替えにしたって、寝る場所にしたって、今まで通りみんなまとめて、というわけにはいかず、一定の距離が必要になる。
師兄本人としては師匠に対する当てこすり以上に女体化の意味はなく、不必要な場面で女扱いされるのは却って不満らしいが、「なら戻れ」と言われれば「嫌だ」の繰り返しだ。引っ込みどころが付かないのかも知れない。
一番まずい、と思ったのは、なんといっても厠所だ。
西への道をいつも通り進んでいると、不意に師兄が立ち止まった。
「ちょっと用を足すからな。先に行っててくれ」
皆それぞれに、了解の合図を送り、先へ行こうと──したのだが。
先頭を行っていた師兄が、ちょいと道の脇に寄っただけでそのまま着物の前をからげたのには、さすがに全員慌てふためいた。
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
「なんだよ? 漏れちまうだろ」
「兄貴、いくらなんでもそりゃやべえ!」
いつもなら女と化した兄弟子のだらしない姿にヨダレを垂らすばかりの八戒でさえ、必死に師兄を止めて服を整えさせる。
「するならもっと物陰でしてくれよ! いくらオイラだって、そりゃちょっと見るわけにはいかん!」
「あほんだら、誰が見ろといった!」
「見たくなくたってそれじゃ見えるし聞こえるよ」
俺も八戒を援護すべく口を挟んだ。何せ先頭なのだ。最後尾の俺が彼女(……)の後ろを通る時、ジョボジョボと流れる水音を聞いてしまうというのはやはり気まずい。
「なんだお前ら! 小便くらいいつも一緒にやってただろうに!」
「だから、今あんたは女なんだって!」
この辺り、男女の機微以前の問題ではないかと思うのだが、どうしても師兄に俺達の理屈は通じない。
恐れていた事態は、それからまもなく起こった。師兄が女体のまま、妖怪と戦う羽目となったのである。
俺は多少心配していたのだが、戦闘そのものはまるで問題なかった。師兄の動き、棒捌きは身体が女になったから衰えるというものでは決してなかった。
しかし、妖怪からの攻撃と師兄の激しい動きに、人間で作られた木綿の直綴は耐えきれなかったようだ。妖怪を打ち倒し、意気揚々と帰ってきた師兄の様子といったら。
「──よーし、終わった終わった! さぁ戻……わぷっ!」
妖怪を肉みそ状態にして、後ろに控えていた俺のそばまで戻った師兄に、俺は問答無用で自分の着物を覆い被せる。
「なんだよ?!」
「いいから! これ着て!」
「なんでだよ? 俺はこれを着ちまったら、てめえはどうすんだ」
「俺なんて良いよ! だって、師兄の、その、……」
俺のだぶだぶの着物に隠れて、今は見えないけれど。
師兄の直綴は汗と血と泥にまみれ、おまけにさんざん破れ、裂け……
なぜか必要以上に豊満に化けた師兄の胸は、あられもなくさらけ出されている。
「俺は別にお前の服なんぞ借りなくたって良いんだぜ」
「だからってそのまま二人の前には戻れないよ」
「俺の胸は駄目でお前のはいいのかよ」
「俺は男だったら! 師兄は外見だけでも女の子だろ!」
渋る師兄をなんとかねじ伏せ、俺の着物を無理矢理羽織らせる。
無事に妖怪を退治し、喜んだ国王はすぐに師兄に新品の着物を用意してくれた。女物だったのは、仕方あるまい。
こんなもの着られるかとごねた師兄を説得したのは、師匠の「ご厚意を無駄にするでない」という言葉だった。直綴を直すまでの着替えとして、諦めたらしい。
着替えを終えるや、師兄は俺の着物を持ってやってきた。
「悟浄、借りてた服返すぞ」
「ああ……却ってごめんよ。無理矢理押しつけて」
「いや。お前なりの気遣いなんだろう。気にするな」
ここで嘘でも「ありがとう」とは言わないところが彼らしい。
それにしても──
「……俺の格好について何か言ってみろ。棒で二十ばかりぶっ叩いてやる」
「言わないったら」
だからさっさと戻ればいいのに。
俺の視線の意味に気づいたのか、むくれながらどこかに行ってしまった師兄を見送ってから、俺は返された着物を羽織る。
すると、いつもなら絶対感じないフワリとした匂いをかぎ取った。
やはり師兄の変化は完璧なのだ。
外見ばかりか、体臭まで甘酸っぱい女特有の物に変わっている。
(しっかりしてくれよ、俺)
必死で何気ない風を装って、着物の前を合わせるけれども、多分耳まで赤くなってる。
(今だけ姿を変えてるんだ。明日には男に戻ってるかも知れないんだ)
そんなことは分かっている。分かっているのに。
胸を見せられ、匂いに包まれ。
平静でいろっていわれても、やっぱりちょっと。
女物なんか着せられて、すっかり懲りた師兄がさっさと男に戻ってしまえばいい。
そうすれば、こんな動悸に悩まされなくてすむのに。
風月沙龍・暁霞さんが、おえびの一発芸のごとくなラクガキからこんな萌える一本を仕立ててくれました。
ありがとうございますーー!
取経一行の間でひとりで気遣いまくって振り回され屈託するのが悟浄らしさで、お師匠さんのことしか頭になく猛進する師兄のフォローもタイヘンです。
「いくらオイラだって、そりゃちょっと…」と男のロマンを守ろうとする八戒もGJ!
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同じずたぼろでも女のコはタイヘンだよね というのが発端 |
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でもそしたらきっと悟浄が気を利かして上着貸す!女のコがダボダボの男物羽織るの萌え〜 と こんな一発芸から、まさかの萌える小話1本誕生するとは、小説書ける人憧憬! あとは気の向くまま描き散らし |
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順番が逆になっちゃうが、頂いたお話ネタ。 師父は「そーいった余計ヤバイもの」を理解してるのではなく、小用のとき男として出来るのは便利と、そんだけ〜 |
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実際、原典でもペタペタとスキンシップ多い! それが中国ゆえなのか、仏教徒だからなのか、意図的なのか、不明だからとりあえず萌えるしかない。 |
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♂に戻すとこまでとりあえず到達したので〆 |
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実はこっちが当初の予定オチ むぎゅ は、はずせないッ |
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観音サマ×悟空い〜よね〜〜 ……筒井版は、まぁ、いたしてるだけですから… ぷらす、「師兄は生きてても死んでも、いつでも師匠だなぁ」 |