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 新年を数日後にひかえ、凍てつく寒さにもめげず街は活気に溢れていた。年越しの支度で慌ただしく人の行き交う市場の中を、悟空と三蔵は旅に必要なものを買って回る。
「乾飯、みそ、糸に、靴下……よし」
 書いてきた購入品メモと手元の包みの中身を見比べ、全て揃っていることを確認し、悟空は隣の三蔵を見上げた。
「お師匠様、まだ何かありますか?」
「お前は何か防寒具はいらないのかい」
「大丈夫ですってば。そんなの買う金があったら、年越しにうどんでも食いましょう」
 春遠からじとは言え、明け方水面に張る氷もまだまだ分厚い今日この頃。周囲の人々は着込めるだけ着込んでいるというのに、悟空一人はぼろぼろの薄い直綴一枚きりで、吹き付ける木枯らしがまるで春風ででもあるかのようだ。こんな男の隣で、三蔵ばかりが頭にまでショール代わりの布を巻いているのも申し訳ないような気がする。とはいえ、相手は天仙。自分と同じに考えてはいけないと、分かってはいるけれど。

 街は随所に露天が並び、年越し用に春聯や年画が売られ、鮮やかな色彩に溢れている。
 買い物を終えた一行としては、明日にもこの街を立ち、旅を続けても良いのだが──
「どうしますかお師匠様、こちらにはいつまでおるおつもりで?」
「うん……急ぎたいとは思うのだが……」
 口ごもる三蔵の脳裏では、弟子の一人が長い口と大きな耳を振り回して喚いている。そんな三蔵の心を読んだかのように、「分かりますよ」と悟空は苦笑。
「このまま立つとなれば、八戒がうるさいでしょうからね」
 奴にとって、まもなく催される新年の様々な催しや祭り、中でも出店の食い物を見逃し、人里離れた荒野で年を越すなど、耐え難いに違いない。何とか元旦まで街に留まらせるよう、どんな口八丁で師匠をくどくのか、ちょっと聞いてみたいような気もする。
 が、今回ばかりは──
「もしよろしければ、なんですがね。今年はこのままここで年を越しませんか?」
「お前がそんなことを言うのは珍しいね」
 いつもならば、悟空は三蔵と同じくらい取経に対して熱心に取り組んでおり、少しでも早く西へ向かおうとするのに。
 もっともそれは経のためというより、一刻も早く頭の緊箍児をはずしてもらいたいからかも知れないが。
「今年は特別なんですよ。何故だと思います?」
「謎かけかい? ううん……何故だろうなぁ」
 首をひねる三蔵に、悟空はあまり焦らさず、早々に答えを出してやる。
「実はですね。旅に出てからちょうど十回目の新年なんです」
「──そうか、そんなになるのか」

 あの日、陛下に見送られ、西への第一歩を踏んでから。

「はい、十年ですよ」

 五行山の牢獄から、彼の手によって解放されて。

 悟空と三蔵、それぞれの胸にこの十年の思い出が去来する。
「お前たちと共に歩み、随分長い時間が過ぎたのだな……」
「全くです」
「無理に私に話を合わせずとも良い。お前たちの生きてきた時間に比べれば、この十年など瞬く間に過ぎぬだろう」
「何をおっしゃる。岩山に閉じこめられた五百年より、ずっと長く感じるほどですよ」
 あの五百年は、確かにつらく長い孤独な時間であった。しかしその間にあったことを思い返せば、ほんの一瞬で終わってしまう。
 翻ってこの十年に思いを馳せれば、師匠や弟たちとの日常的なやりとりから、妖怪を退治するため大暴れした記憶、立ち寄った国々の風土、助けを求めた神仏との交流、いくら数えても数えきれぬほどの思い出が悟空の脳裏に映し出される。

「だから今年だけは、ゆっくりと宿で長寿うどんでも啜りながら、みんなで新年を迎えられたらな、と……」
「……うん、ではそうしよう」
「よろしいので?!」
「たまには骨休めも必要だからな」
「ありがとうございます!」
 屈託なく破顔する悟空の顔はあどけない子供のようで、これが千歳を超す斉天大聖の顔とはとても思われない。
 思えばこの十年は、彼に助けられ通しの十年であった。
 八戒、悟浄、玉龍、そして悟空。十年を共に過ごした弟子たちを思う。

「大晦日にはみんなでうどんを食べて、夜通し起きてて、そのまま日の出を拝むんです」
「いいな。そして初日に願をかけよう」
「お師匠様の願いは知ってますよ。『早く西天に着きますように』と仰るつもりでしょう」
「わかるかい?」
「分かりますとも!」
 当たった、と会心の笑みを浮かべる悟空。
 だが、三蔵はもう一つかけるつもりの願がある。

 来年も、再来年も、いや十年二十年先も。
 西天について、この旅が終わって、その先もずっと。

 彼等と共にいられますように──

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十周年と年の瀬に寄せて


2009年12月に当サイト開設10年目を迎えるに当たってのお祝いにと、風月沙龍・暁霞さんから萌えたり燃えたりのお話しを3本も頂いてしまいました。
挿絵描きたいーーーと有頂天になっているうちに筆の遅さと12月のあわただしさに巻き込まれて、なかなかUPできないので、挿絵は後日あらためてで、先にお話しを掲載させていただきます。
このお話は特に正月前のエピソードなので、今挙げずにどうする?!
宿に留守番の3人は「あのふたりが買い出しなんて雑用、気晴らしにしてもめずらしい」と頭ひねってるんでしょうね〜…お師匠さんを誘った孫さまカワイイ……