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わたくしがおかあちゃんしました
わたくしがおねえちゃんしました


        二〇〇六年のChristmas greetingsとして


     「(…)それからいろんな事あったなあと思て、あれもこれもと考え出しとったの。
     兄やんも死んだし、美智子も生まれたし、古市さんは殺されたし、弦叔父も死んだ
     し。みんな次々死んでおらんようになっていく。路地のキク婆も、フミオも、鉄次
     のおじもと数えあげとったら、兄やんがね、美恵、さびしいことないど、死んだん
     と同じくらいまた生まれるんじゃ言うて、それでやっと眠り込んだらしいの」
     「生きとったら死ぬわい」とフサが言った。
      美恵がうなずく。秋幸はそれがおかしかった。「そこの石垣のところの落ち生え
     でも、花咲いたわ。きれいな花でも腐った目立たん花でも咲いて実つけて枯れて、
     また種から芽が出るんじゃよ」フサは美恵をさとすように言う。「母さんが美恵を
     産んで、美恵が美智子を産んで、美智子が赤子を産んで。母さんは孫の子供まで見
     る。ひょっとすると孫の子供まで見るかも分からん」
                                (中上健次『枯木灘』)






平成十八年クリスマス二十五日のニュースのひとつ

     「三拘置所で死刑執行」

             (そうか 執行か
             (そうか クリスマスに
             (そうか 急いだなぁ
             (    帳尻あわせな感じだなぁ
             (    むしろ すこし遅いかなぁ
             (    遅すぎると言われないギリギリの時期だなぁ



                    東京、大阪、広島の各拘置所で  だって
           死刑執行は二〇〇五年九月に一人が執行されて以来  だって
           〇〇年以降は毎年一〜三人の死刑が執行されてきた  だって
                        四人に対する同時執行  だって
      一九九七年八月の永山則夫・元死刑囚ら四人に執行されて以来  だって
                           九年四か月ぶり  だって
          杉浦正健・前法相は死刑執行命令書に署名しなかった  だって
      今年九月までの約十一か月間の在任期間中、死刑執行命令書に  だって
  長勢甚遠(ながせ・じんえん)現法相が就任して初めての執行となった  だって

                       執行されたのはこの四人  だって
                秋山芳光死刑囚(77)(東京拘置所)  だって
                藤波芳夫死刑囚(75)(東京拘置所)  だって
                日高広明死刑囚(44)(広島拘置所)  だって
                福岡道雄死刑囚(64)(大阪拘置所)  だって
           法務省は25日、執行の事実と人数だけを発表した  だって



記述者であるわたくしは
ごらんのように「だって」を並べてみた
死刑執行というのは
この「だって」並べに酷似したところがある
殺人は
こんなふうに「だって」並べをしない人間がたいていやらかす
死刑執行は
こんなふうに「だって」並べをする人間が請け負う



              (……「死刑執行人もまた死す」っていう映画、あったナ



こん  な   ふうに「だ   って」並
べ    をす     る人       間




こうすると
切断されてばあらばら
落ちていきながら
まだ人体のかたちを少し保ったまま
宙に浮いている状態かな



                            こん
                      な
                  ふうに「だ
                   って」並
                      べ
                     をす
                     る人
                      間




これで
ばあらばら
地面に落ちちゃったね
ばあらばら

文字を使って死刑執行あそび
かな?
死刑執行人に対する
死刑執行あそび
かな?


  (でも
  (文字だもの
  (あそびだもの


記述者わたくしは
クリスマスに処刑された死刑囚四人に
かくべつの思いを持っていないし
死刑反対論者でもない
わたくしは処刑された死刑囚四人が殺した人びとの
死体の散乱のさまや流れ出た血の溜まりを想像する
   [かわいそうに]
   [ひどいよね]
   [当然のむくいだよね]
これらの言語表現をしばらく言語野に舞わせてみる


               秋山芳光死刑囚(77)(東京拘置所)
               藤波芳夫死刑囚(75)(東京拘置所)
               日高広明死刑囚(44)(広島拘置所)
               福岡道雄死刑囚(64)(大阪拘置所)


しかし
わたくしは想像する
処刑された死刑囚四人が家族や近所の人たちに

                 芳光 !
                 芳夫 !
                 広明 !
                 道雄 !

と呼ばれていた頃を
彼らの0歳から3歳 4歳から10歳 11歳から14歳ごろの姿を
そして
小声でだけれども
言ってみる
呼んでみる
                   ヨシミツ !
                   ヨシオ  !
                   ヒロアキ !
                   ミチオ  !

だって
彼らをそんなふうに
だれも呼んでくれなくなっちゃっていたからね

        (もうおかあちゃんもいなくなっちゃったでしょ

                 (もうおねえちゃんもいなくなっちゃったでしょ

同じように呼んでみる

                秋山く〜ん !
                藤波く〜ん !
                日高く〜ん !
                福岡く〜ん !

そして 想像する

こんな呼び声に

彼らがうれしそうに振り返っていた頃を

そして 思い出す

旧約聖書の一節を

      (…ダッテ、くりすます、ダモノネ)

            主はこう言われる。わたしは、
            あなたの若いときの真心、
            花嫁のときの愛、
            種蒔かれぬ地、
            荒れ野での従順
            を思い出す。           (エレミヤ書)



わたくしは現代日本の絞首刑のしかたを詳細に読んだことがある
彼ら四人の首がどのように絞まり
どのように頚骨が砕けたか
想像する

「想像力は死んだ。想像せよ」(ベケット)

いやいや、
ちがうよ、ベケット
「想像する」時の想像と
「想像せよ」といわれてする想像はちがう
しかも
わたくしはあなたとちがうやり方で想像する
あなたが英語やフランス語に慣れた脳でする想像とはちがう
わたくしは想像する
わたくしはにっぽん語脳で想像する
あなたもにっぽん語を学んでごらん
にっぽん語から逃れられない意識を持ってみるべきだ
そうして苦労して
辞書を引き引き
わたくしの書き残すものを読んでみたまえ
わたくしについてきなさい、ベケット
もうジョイスはほっとけ
ほっとけ

     (わたくしについてきなさい、サミュエル
                 (もうジェイムズはほっとけ
                          (ほっとけ




                                                                                    (ヨシミツ !
                (ヨシオ  !
                (ヒロアキ !
                (ミチオ  !


        (もうおかあちゃんもいなくなっちゃったでしょ

                 (もうおねえちゃんもいなくなっちゃったでしょ





そんな
こんなで
二〇〇六年のクリスマスは
ヨシミツ
ヨシオ
ヒロアキ
ミチオ
のおかあちゃん
おねえちゃん
のわたくしでございました。

わるい子たちでございました。
大津皇子みたいに死ぬはめになっちゃって。

わるい子たちでございました。
わるい子たちでも
ヨシミツ
ヨシオ
ヒロアキ
ミチオ
と呼んでやる
おかあちゃん
おねえちゃん
は必要でございましたでしょう。
痛かったろう?
苦しかったろう?
わるいことはもうしないんだよ
もう二度としないんだよ
そう言いながら
ヨシミツ
ヨシオ
ヒロアキ
ミチオ
と呼んでやる
おかあちゃん
おねえちゃん
は必要でございましたでしょうから

わたくしがおかあちゃんしました
わたくしがおねえちゃんしました

ヨシミツ
ヨシオ
ヒロアキ
ミチオ

わたくしがおかあちゃん
わたくしがおねえちゃん




*〈Yahoo!Japanニュース〉で十二月二十五日十八時三十四分に配信された読売新聞の記事『3拘置所で4人に死刑執行』を使用・改編している箇所があります。





「ぽ」160 2006年12月

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