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第25回  上意下達の学校 (2)

@ 『西多摩版「主任制」黒書』

■ 「主任教諭」になったけれど・・・・

 学校現場の理解も支持もないままに強引に持ち込まれた「主任教諭制度」。その「主任教諭」からも、この制度への心配やら疑問やらの声が聞こえてきます。

(校長から)制度ができたのである程度の経験年数を経た者は受けるようにいわれ、制度に反対であるが制度がはいったのだから・・・・、学校は組織で運営するものだから・・・・、と思い主任教諭になりました。が、実際は選考の基準が不明確で、周囲でもなった人、なれなかった人がいて、・・・・疑問を感じます。

職場の中でみんなで支えあい、助け合ってきた働き方が変わってしまう不安がつのります。主任教諭の人がやればいい。やるのは当たり前。今まで組織で担ってきたことを個人で担わざるを得ないとしたら、今でも子どもの前に元気で立ちたいと思いつつも、忙しさに流されがちな私はどうすればいいのだろうと思います。主任制度に大きな疑問を感じています。

・・・・・私の職場では5名の人たちが(主任教諭)を受けることになった。しかし合格したのは1名のみ。受ければみんな合格という雰囲気もあったし、レポートの修正を校長に指示され書き直したりしたなかでの結果である。不合格の理由をていねいに説明もされず、烙印を押されたようで心に大きな傷を負った。また、1人合格した先生も悩み続けた。そして331日、最後の日に「主任教諭合格辞退」を校長に申し出た。校内で自分一人だけが主任教諭となるよりも、同じ立場で職場の仲間と力を合わせることを大切にしたいと考えての辞退だと聞いた。



「主任教諭」になったことに何一つとして誇りを感じられない。いや、むしろ後ろめたさが心を締め付け、制度への不信がいっそう増幅する。すでに少なくない主任教諭から「降格制度」を求める声が上がっています。





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