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 遠景二首
路地裏は積乱雲に通へるをわれにまばゆき神奈川の海

夕暮れの浮身うれひを湛へつつ光りわななくコスモクロックの骨

公園に朴葉桐葉は日に照りておもしろく降る音無けむまま

胸郭へしんしんとふる青空のつもりて遠き果てに雲立つ

これよりはあらざる北か亡霊のごとくつらなる丹沢の青

昔日の悲もけふに見る際涯も明かるかりきはわが疫(えやみ)かな

妻を率(ゐ)てなつかしく来る相模のや国府津の海のなにもなき善し

 宗長を想う一首
しほびきの干物を買へば小田原にむかし連歌師老ゆる夕したふ

きさらぎは夙くきはまりて寒風に春の光は溢れきらめく

二月なほ寒きたもとを吹かせつつ光降る歩のおそくもあるかな

ゆくりなくきさらぎのかげ傾きてあらゆる梅の肘に花満つ

 梅雨に入る。擬古調
さみだるる夜の田づらに鳴く五位のなかぞらにのみ恋ひわたるかな

 鶴見に引っ越す五首
この丘に西日はげしく照り映えて岸谷の夏はいまし翳るか

生麦の居酒屋にゐて酌む酒の世の果てめきて愛(を)しくあらむか

かんかんと鳴る踏切に西日さし前(さき)の世にある生麦の路地

「ギアラ」といふ部位をつひには明かさざる女主人の白き喉頸

ふるさとの川崎にわれ隣りせむ嬬つれて来し迷ひ猫のごと

 鎌倉を江ノ電で通って江ノ島へ四首
水無月のみどりは深くしげりあひ四葩ほの咲く鎌倉の谷戸

冥き途のごとくをたどりうねうねと車輛が至る江ノ島は青

辻々に猫たたずみて横顔の呼び招くかの江ノ島は暮る

定置網より買ふといふなる鮮らけきで呑みつつ更くる片瀬江ノ島

 歌留多歌老いて肯ふ恋あまた――菟絲子
何ゆゑに若きは美しからざるや老いてうべなふ痛み多(さは)とて

 入院中三首
片撚りをひとすぢならずあざなへるわが諸撚りの悲しみの色

転移告知に恬淡としてうなづきし背の加古川は男なる哉

 眠れぬ夜、デイルームより京浜工業地帯望見
夜をこめてコンビナートの闇は燃え密(みそか)にうたふわが「横浜市歌」




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