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ガトー・バスク



 森で集められた薪がさかんにくべられている竈の気配。土
と石と灰で塗り固められた火の入れ物のまえで働いている木
靴。古い記憶みたいなごわごわの生地で出来たエプロンの影
が屈むと、まずカスタードを作ることから始める。ボウルに
卵黄とグラニュー糖を入れ泡立て器で純白になるまですり混
ぜ、そこに薄力粉と強力粉をふるい入れる。バニラビーンズ
の莢を浮かしたミルクを強火で沸かす。冷めたらざるで裏ご
ししボウルに入れる。次にボウルの中身を鍋に移し、底が焦
げないように泡立て器でかき混ぜながら強火にかけて糊のよ
うに大きな泡粒で煮立ってきたら火を止め、無塩バターを混
ぜ合わす。可能な限り急いでバットにひろげ、粗熱を取る。
表面にぴったりと密着させるようにラップで被い、30分ほど、
雪の降る窓の外に出しておく。生地を作る。空気を含ませな
いようにバターを練り、滑らかになったら粉と砂糖を一気に
あえる。卵黄とレモン汁とコリアンダーを少しずつ加えなが
ら、ラム酒、バニラビーンズの種子、フェンネルの砕いたも
のを合わせ、最後に瀝青のなかの礫くらいの割合になるよう
にザラメ糖を練り込む。それを絞り袋(口金は直径1・5セ
ンチ)に何回かに分けて詰め、天板に絞り出す。中心から外
へ、直径15センチの渦巻状。これが焼き菓子の蓋になる。蓋
に対応する入れ物になる部分の金型を、鉈目を刻んだ厚い抽
斗から取り出してきて、底の方からこれも渦巻状に生地を敷
き詰め、側壁となる部分には3段に絞り、刷毛やへら等を使っ
て滑らかに、かつしっかりと固めておく。これも雪の窓外に
出して確実に冷やしておく。こんどは窓外に出しておいたカ
スタードの方を室内に戻し、泡立て器でほぐす。そこへ、グ
ラッパとアーモンドパウダーを混ぜ入れ、完全に冷えた生地
で覆われた金型に渦巻状に絞り、天板上に作っておいた蓋を
かぶせて密閉する。残しておいた生地のベトンで焼き菓子の
素の隙間という隙間、あらゆる凹凸を完膚無きまでに塞ぐ。
その上に溶き卵を塗ってまた冷やす。冷蔵30分、冷凍10分。
取り出して乾いたところに再度溶き卵を塗り、鉄の熊手で無
数の格子模様を鉤裂き、グレーテルが魔物を殺したパン窯の
熱さで冬のあいだじゅう焼いておく。けっして復活しないよ
うに。


*参考文献・朝日新聞社情報誌「暮らしの風」2005年10月号。


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