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宴 ―堀川正美に捧ぐ1



海という名の宴はかがやきひらくだろう
恐怖のように深いあこがれの青に魅入られて
一滴また一滴
陰となった須磨明石に角[つの]ふりわけよ、の
角なきアメフラシの紫の雨がけむる
磯という名のなんと幾何学的な街衢
サンドレスをまとった若い母がふりむくなつかしい百年前
だがしかし七十年
十年
残んの年
けれど一日の午前のうちに
恐るべき子供たちはたちまちに老いさらばえる
ドアノブのむこうの沸騰する悦びにはじき飛ばされなければ
鉄のちいさな扇風機を回す
とぶとりののど
碧空をふるわせて
なまなましいとさかが去った秋の水輪[すいりん]は
沈黙のいらかに賢しい銀のためらいをおしながす
夕日の町がなにかのはじまりであるとは、なんと信じがたい
真夜中にわれわれの上方で燃えさかっている黒いプロミネンスを
鼠たちは知っているんだ
濡れた鼻で
濡れた目で
はげしく明滅する鋭敏な齧歯で
きり倒されてゆく巨木の世紀は二十一のたてものに留まらない
かぶとのしたのきりぎりすよりも血は冷えて
ミルクを入れる粉々の幼いマグカップに沈痛な音楽を聴くことに
堪えなくてはならないとき
到底堪えなくてはならないとき
草バトは飛び
葛[くず]はさすらう
かがやきひらく夏という名の鉤裂きに沿って
あるいてくる女
扇も持たず


「*「ゆぎょう」42号(2006・8月)より。」


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