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秋のうれいに ――堀川正美に捧ぐ4


うれいのなかで正しいものは降りてくるだろう
道芝、ヒヨドリ、ミズヒキの点々
あさぎ色した死に装束のショウリョウバッタ
色色の葉が冷たい光に縒られながらふりしきる
海の青がかたくしずまるのを見晴るかす丘で
すこしの智慧は
ふいといなくなった飼い猫の思い出ほどにも世界の秘密を語らない
ひそかなうずきのうちに示されてくるものは
ひとをめくらにする昼の花火、秋のジャズ、酔っぱらったかもめ
胃の腑にぶちまけた焼酎の明晰な炎をとおして
ある厳冬
岸壁から見下ろしていたおそろしいほど甘く透明な港の水塊
それよりも、おそろしい愛
総毛立ちながらわれわれは音楽のなかに倒れこむのだ
カーニバルはいつでも世界のそとがわでにぎやかに沸きつづけ
そのことでうつし世は
かろうじて継続していることを知る
澄んだ太鼓の音が秋の日差しのむこうから脈拍のように逼る
すでに廃墟の世界から
じょうじょうと流露するなつかしくて美しい、古くさい、ワルツの回転
通俗は思い出となって
遠いのろし台の先で
一生を照りかえしてうごきつづける小さな火に変わる
だけれどもわれわれは、だが、
おまえらは、あいつらは、おれたちは、
みんなかったい、かさっかき、ほがいの芸人
卑劣な旦那にして
聖なる夜盗
すさまじい栄耀のやいばにきりさかれながら粛々と秋の深いところをあゆむ
清潔な痛みの光に色色に縒られながら
アメリカシロヒトリの蓑虫の蓑みたいにとんがって
風に吹かれて
野原の果てまでころがって
明日だって
過去でさえ、くれてやる、かがやくかりそめのながし場の
朝のレタスからあらわれた静謐な青虫におどろく
妻のきゃあという声を永遠の居間で聞きながら


《*「tab」1号より(2006・11月)》


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