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説経語り



 しんしんと真昼の雨の降りつづくなか、退屈のあまりふすま
の破れをおしひろげて穴を明け、白い紙のひかる世間を覗く。
外はあかるく乾いた荒野がひらけ、吹く風に細かにふるえなが
ら、毛坊主が、きららかな若衆姿の馬頭神が、狐憑き、いづな
使い、市女笠が、蚤のような祝子の群れ動きが、虫送りの舟が、
てんてんと、電光板みたいに流れて行く。北陸道に流れ、慶尚
道に流れ、渤海に流れ、波照間に流れ、津軽に流れ、弓を擦り、
琵琶を弾いてそらんじる盲目という恩寵。低級伶人という赫奕
たる高貴の声が聞こえてくる。《さても哀れや筑紫なる。
古河のこおりに生まれたまいし。月のようなるこの姫ざねは。
おん年十四というときに。クラシゲ長者のわかとのに。えにし
得るこそうれしけれ。機を織る手もけざやかに。織りたまいけ
る色々の。秋のもみじに春の花。見る心地する十重二十重。人
もうらやむ姫御前に。ひそかに瞋るしうとめを。知らであるこ
そうたてけれ。うたてけれ。わかとののいもうとは。今年十九
にてありつるが。針の一つもよう持たず、柴一束もよう刈らず。
それにひきかえこの姫御前は。その嫁ぶりをあてつけて。この
婆かげで蔑むか。そんなら柴は一束と。けちなことなど申さい
で。一駄を刈ってもらいましょうと。冬蕭条の山にやる。泣く
泣く一駄を刈ったれば。おまえが織った春秋の。そんなに衆が
ほめるなら。きぬうつくしく染めよとて。まといたまいし小袖
まで。はぎ取ったるぞむざんやな。うす氷はる谷の川。腰まで
つかり洗い揉む。指ももげるいたわしさ。ちちはは不孝をゆ
るしてたべ。ままはは恨むにあらざれど。今生すでにかぎりと
て。念えばすでに水の中。苦しさ辛さとみに無く。わうごんの
身は魚体にて。みじかき葦のふしのまを。春を指してぞ上り行
く。消えゆく方は雲居なる。アサカゲ山に今にいます。神の本
地となりにたる。いわれさえこそ畏けれ。畏けれ。や。》
鉦をたたいてわれに返る。シデ・塩・酒の刻を通過して座を改
め、楽器を臥せて家の者に辞儀をする。そんな映像が一瞬紙の
破れ目の向こうに覗くが、気がつくとまたいつまでもつづく真
昼間の雨なのである。幼い私は、タンスの上のラジオが浪曲の
終りを告げるのを、明るい退屈に蜜のようにまみれつつ、永遠
に似て深い座敷の畳で聴いているのである。


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