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parfait



 のどの奥のあたりが疼くみたいな感じになってくると、強
いシガーでも高い濃度で揮発する酒精でも埋められない。ま
るでおのが恥辱をうちあけるように、輝く金管楽器に似た透
明な巨大フルートグラスを持ってこさせる。グラスの中には、
何層にも詰まった甘い冷たい沈黙の地層が、その全容までは
判然とせず、ただ半顔を覗かせるだけ。カンブリア・オルド
ビス・シルル・デボン・石炭・ペルムに分かれた鮮やかな古
生代の各紀、みたいに。最初に銀の細長い〈スコップ〉が入
れられるのは、燃えるようなberryを戴いた乳臭の強い山巓。
山塊が崩れかけると、ただちに〈スコップ〉は側壁に回り、
穀物の焦げた香りのする砕かれたシリアルを、ピスタチオ・
クリームの青臭くて春のような沃野の土ごとひっぱりあげる。
輝く容器の三分の一を稲妻のように分割する強烈なビター・
チョコレートは黄濁したクリームを貫通して、容器の中空で
生バナナとバナナ・チップスのあわいに塗れつつ、夜によく
似た匂いを発しつづける。蜜の粉を吹いたグリッシーニの打
楽器の一撃。もう一撃は、信じられないけれど強く発酵させ
たサワー・クリーム。さらに連続してクリームに見えたもの
は、熟しきったくだものを僅かなニュアンスで纏めあげたニ
トログリセリン香のするムースと、昔の匂いのババロアであ
る。ぎざぎざのゼリーの氷海に漂い、縹色の空から襲来する
いちごと、晩夏の成熟期を迎えたチーズケーキの残酷な酸に
よる掃討のあと、終わりかけた古生代の世界には、褐色と白
色とふかい碧なす、むしろ創世紀のような一種の混沌の秋が
やって来る。甘味という名の、ほのかな地獄。最期の〈スコ
ップ〉を優しいとどめのひと刺しみたいにうつわののどくび
に刺し入れると、甘さは微かな痒みと痛さを帯び、混沌はさ
らなる混乱を呈し、混乱にまた重なる方向を失った渦巻状の
(もはや浅い底の)急激な攪拌のうちに黄金の時間は乏しく
なってゆく。この最後(おわり)の瞬間、輝くグラスにやって来る、て
のひらの金貨のような夕映え。


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