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                   駿河昌樹詩葉・2000年4月



うつくしい女の子が、生まれる




幸福の、貯蓄、というものがあるだろうか、あるとするなら、それが、空になるのを、
わたくしは生きた。

つらい言葉を、くらがりに投げよう。空になるのを生きた、
他のひとにも届くように。
空のひとは、
慰撫を、もう、好まないから。
死の時、生のうたは、むなしい。

死を抜けての生の、うた、なら、響くだろう、か。

他の生の貯蓄があるのか、安楽に、ゆたかに、生きるひとびとを、
わたくしは見た。
爪に火を灯すようにしても金の溜まらぬひとびとと、
笊に水を流すように金を使ってもなお豊かなひとびとを、見た。
春の風に乗って、
宿命が行くのを見た。
富と、病と、美と、苦悶と、安楽と、無為と、
それらを運んでいく神の手を
見た。

この生をゆたかに生きたひとの来世が、極貧となるのを、
わたくしは見た。
美の化身のようであったひとが、象の顔を持って生まれ、さらに、
戦火のなかに身を焼かれる様を、
わたくしは見た。
ちから強い足腰にめぐまれた踊り子が、幼くして足を車に立ち切られるであろう様を、
わたくしは見た。
病もなく、長寿を保ち得たひとが、母の胎にありながら病毒に冒される様を、
わたくしは見た。
空洞を生きなかったことから、来世、空洞を生かされるひとびとの群れを、
わたくしは見た。

得ていたものはすべて奪われ、得ていたものを、
守ろう、とする、手や、腕までも、失われる様を、わたくしは見た。
振り子は戻り、かならず逆へと向かうのを、わたくしは見た。海は山となり、
名声は忘却へと振るのを、わたくしは見た。子をもうけた者はやがて孫までも


奪われ、平和は子孫の戦乱によって報いられるだろう様を、
わたくしは見た。


うつくしい女の子が、生まれる。
うつくしい女の子は、春のようだ。なにもかもが、
あかるくなる。
と、貧しい家の老婆が
旅ゆくわたくしに言った。

そのときが、わたくしの悟りの、最後の石段。

うつくしい女の子とは、だれですか?
と、わたくしは老婆に問うた。
うつくしい女の子は、
おまえさんの、空っぽのこころの、底の、
ほら、その、空になりえないもの。
ね、
それ。

それ。

うつくしい女の子が、生まれる。
うつくしい女の子は、春のようだ。なにもかもが、
あかるくなる。

そう、歌うように。
これから。


それだけを、しながら、旅終わる、生、を
逝く、
ように、と。

老婆、女の子、・・・・・・


うつくしい女の子が、生まれる。
うつくしい女の子は、春のようだ。なにもかもが、
あかるくなる。

なにもかもが、あかるく
なる。






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