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ARCH 9

                   駿河昌樹詩葉・2000年9月



ない足の つけた足あとと
かがやかしいエメラルド の根たちを
わたしのイメージ板のうえにわたし 失ってない




この生で馴染んだものを ある日 あなたすべて離れて
波の止まった銀色の海のほうへ向かわせる 足。

歩いていくうち足がなくなっていて  ぽつ、ぽつ 足あと   ばかり

驚くわよね でも 声も もう、     ないの まなざしも
なくなるかしらね いつか

  でも まだ まなざし あって ない足のつけた足あとが ぽつ、   ぽつ

最期の数秒ほど だれもが思うそうよ  生きてきた なんて
ぜんぶ思いちがいで ほんとは いまのこの瞬間だけしか はじめからなかった、って
気に入っていたいくつかの 映画ほどにもはっきりしない わずかの場面
それらがまじりあって それがカラダかな?なんて ちょっと思って
そうして
  こころに盛りあがってくる波の止まった銀色の海   遠い
遠い不思議な写真を見るような音が
かたい薄紙を蟲食っていく小さな火のように(
                     それがカラダかな?
                              )
                               を侵食していく


死のことを真剣に考えなければ。あなた

死のまわりのことでなく死の中心のことを。
死にゆくからだではなくからだから生まれていく死のことを。
あなたを追い込んでいく死のことではなくあなたを超えていく死のこと。
あなたの美しい娘、あなたの果てに伸び咲く不可視の花

死のちかいひとに会うとほのかな機械音が聞こえる
こくこくこくこく、とも
がっがっがっがっ、とも。
道に落ちていた萎えたフリージアを持って死にちかいひとに会いに行ったある日
音は聞こえ
フリージアがみるみる生気を取り戻すのを見た
死の音? ……と思ったけれど
死の音はいのちの泉にわたしたちのだれよりもちかい
いない、ことが死なら


みんな、死から来たのだもの
出会いも ひかりも あなたも
……そんな


持ち帰ったフリージアをテーブルに置いておいたら
夕食のしたくをする間にエメラルドの根をのばし ふとい木の板をつらぬいて
床を抜けていった
見ていると 根たちはフリージアからどれも離れて
エメラルドのかがやかしい長蟲のように床を抜けて流れていって しまった
それがいのちか 死か わからなくなって
あなたたちのやりかた、これ?
あなたたちのやりかた、これ?
と声を発したけれど
声からは根が生えてこなかった
声がほんとうに
わたしのものだったとも もちろん言えない 」

エメラルドの根たちを探し続けても いない

ない足の つけた足あとと
かがやかしいエメラルド の根たちを
わたしのイメージ板のうえにわたし 失ってない








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