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ARCH 10

                   駿河昌樹詩葉・2000年9月



生誕、と 小声で




いま目の前にあるものが どんなに貴いか
覚えておおき、子どもよ
あたりまえのように目の前にあって
たぶん わずらわしくさえ感じる
あれ これ
あのひと このひと
ふいに魔法のように消えるときが来て
そうして きみは気づく
あれ これ
あのひと このひと


それらこそ
きみのいのちだった と

どこを ほんとうは
ひとは生きていくものだろう
あたまやこころのなかだけがきみだなんて
とんでもない
見えているもの 聞こえるもの 触れるもの
すべて きみだった と
いつか 気づく
あれ これ
あのひと このひと
それらのなかをも きみは生きていた
生きていた! と
いつか 気づく

風の過ぎ去りのように
ふいにすべてが消え去ったあと
きっと ひとり取りかかる決意を
きみはするだろう
いのちという魔法を ほんとうに解こう と

あれ これ
あのひと このひと

それらを生み
それらを消すもの
だれの助けも もう ないね


そうと知りながら
たどりはじめる
いのちの微妙な径
ながく使わないできた秘密の目と
耳と
鼻と 指と
あぶなげに使いはじめながら
ものとものとのあいだを たどりはじめる

そうして 子どもよ
きみはそのとき
はじめてのようにじぶんが
もっともっと子どもだ と気づく

つぶやいてもみるかしれない
生誕、

小声で







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