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ARCH 67

                   駿河昌樹詩葉・2003年9月



彼女は




彼女ははじめから立っていられないのに細い足二本だけに頼って心のなだれを募らせてはじめから辛いのに始まる前から死んでしまっていたのに

彼女はこの国の言葉でしか物が買えず仕事らしいこともこの国の言葉でしかできないからただそれだけの理由でこの国を離れられずにいて

彼女はわからない愛とか恋とかそんな自分をすっかり変えてしまう契機がいったいなんなのかわからないだから気持ちのほのかな熱も熱のままに過ぎ去り

彼女は食べるほかの誰かと同じように食べる食べるが食べるだけで栄養や添加物に注意しないのではなくてそれを考えるだけの力はもう日の終わりには残っていなくて

彼女は本を少し読み映画をテレビで見てたまにはビデオを借りて音楽もCDを少しは買って流行にいつも少し遅れ少し遅れた曲や映画でとくに困りもせず

彼女は怖いからというよりめんどうだから検診を避け避け避けというより彼女の職場には集団検診もなく病気だとわかるのもめんどうだから困るから

彼女はほかの誰であってもいい仕事を言われるまま命じられるままこなすだけで彼女のなにも仕事は伸ばしはせず時間は正確に経つわそれだけは確かで

彼女は日々日々日々朝昼晩朝昼晩朝昼晩たしかに確実にとりかえしがつかなくなっていくのにどうしよう思いつかない叫びようもない、髪、肌、歳、

彼女は老いていく夢をどこかに置き忘れて死んでいく死んでいくあなたのようにまるでヒトのようにニンゲンのように日常として立ったまま歩む悲劇として

彼女は生まれても生まれなくてもよかった人体どこのだれが大切というのイノチ?食べ寝て起きてまた寝るまで労働するだけの人体、貧弱な人体

彼女にも乳房はあり膣はあり男を喜ばせはしうる一晩ならばしかし娼婦には及ばない乳房、膣、貧弱な人体、貧弱な夢、貧弱な生活、貧弱な趣味

彼女にも行くべき極楽はあるのかいつか放り込まれる冷たいしらっちゃけた日本風の墓石の下以外に行くべき極楽みどり溢れたとえば澄んだ泉のせせらぎが鳴り

彼女は歳とはまだ言えないとしてももう腰の疲れ肩の凝りは夕方には毎日のことでこれではいつまで持つのかと考えると不安になるから

彼女はただ今日の不安と方途のなさから逃れようと親しくもなく信頼もできない友たちにメールを送り会えれば会って飲んでしゃべり言いたいことからはいつも逸れて

いつも逸れて彼女はいつも心を浅く保つ保たねば心さわさわ、さわさわ、ようするに死ぬまでの時間つぶし今度生まれてくるときはお金持ちに美女に今度は

そう、今度は今度はと心はくり返すくり返すくり返す今度は今度は、そう、コレは失敗、彼女にもうコノ彼女はいい、もうこれはいい、なんと言おうと

ヒトの世はモノ、カネ、ビ、ツテ、イエガラ、コウウン、努力だって努力できるだけの気概を持って生まれてくればの話、気概だって家の雰囲気によるし

わたしにはなんにもなかっただれにも迷惑はかけてないなんとか生きていていつか死ぬだろうけれどわたしにはなんにもなくって動いていられるうち動いて

いつか病気とわかったり急に血管が破裂したり でもそんなのはだれにでも起こるわたしにも起こるヒトはそういうものヒトは最期はみんな悲劇悲惨消滅

ヒトのひとりヒトの一体のわたし一体を抱えてどこまでわたしは走るどこで倒れるまで行くだれにも心の浅さ思いの生活の趣味の浅さの秘密を明かさずに

どこまで行くわたしは彼女はすでにはじめから死んでいる彼女わたし生まれなくってもかわらなかった人体とさびしい魂、モノとカネの泥濘のなかを

彼女はなににもこだわらずにさっぱりと流されていく泳いでいくなにも大切とは思わずなにも特別記憶に留めようとはせずになにも

残さずに彼女はただ骨と灰と煙になるある日の時間点にむかって彼女、まるでヒトのようにわたしのように彼女のようにただすっかりと消え去るだけのために 彼女は





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